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導体材料(絹巻線)と絶縁材料(雲母)について

導体材料としてアルミ、真鍮、鋼の板材や棒材に加え、錫やアルミの箔はよく使われます。

そして何よりよく使うのは、導線としてのエナメル線でしょう。太さは0.2~ 1.6mmくらいまでは入手しやすく、そのうちコイル巻きに使うのは0.3~0.6mmが適当でしょう。

*エナメル(enamel)とは、ニスに顔料などを混合した塗料のことで、銅線にその塗料が薄く被覆してあります。コイルを巻く時には線と線が接するので、そこでの導通を避けるためです。被覆する塗料が透明なものもあり、コイルに使用する時は、銅の色のものでもエナメル線と表示してあるものを購入してください。

またエナメル線でもU.E.W(ウレタンエナメルワイヤー)と呼ばれる、サンドペーパーで被覆を取り去らなくても少々長くハンダゴテを当てていると熱によって被覆が浮いてそのままハンダ付けができるものもあります。色は緑の濃淡、赤、透明(銅そのままの色)などがあります。

導線で、左側が絹巻線、右側がエナメル線です。

もしどこかでD.S.C.(ダブルシルクカヴァード)と呼ばれる1重絹巻き線が人手できると、昔のコイルみたいに作れるばかりか、すべらずにしっかりと巻くことができます。

*絹巻線のいろいろ。絹糸が青や赤、黄色、緑に染められているものと、染めていない状態のものです。

*絹巻線は銅線に被覆の役目をしている絹が巻かれています。

*絹巻線などを使用して作ったコイルのいろいろ。昔のコイルを参考に自作のものに加え、海外から購入したものも含まれます。左上の黄色の絹巻線を使用しているコイルは小林健二設計製作による「クラウンコイル(小林健二命名)」です。

*昔のコイル。真ん中のものは大小のコイルの位置を可変して、同調する役目をするもの。

コイルについて

 

*エナメル線や絹巻線などをコイル枠(画像ではスパイダーコイルの巻枠)に巻くときに、線が絡まないように進めることが大切です。

*こんな装置を木などで自作しておくと、コイル巻きの時に便利です。外形寸法に合わせて横棒の位置を可変できるように棒をさす穴が上下に空いています。

*絶縁材料にもいろいろありますが、気に入って使用しているのが雲母です。

マイカ(雲母mica)一一空気をはじめとして絶縁物はたくさんありますし、技術的に簡単と言うなら紙やセロファンもいいと思いますが、なかでもマイカは工作上美しいし、性能上も他を圧しているようにぼくは思います。

雲母は天然鉱物で鉱物学上これに属するものには本雲母群、脆雲母群等があって、実用に供されるのは本雲母群のものです。このなかには大きくわけて7種類があります。

 

白雲母muscOvite、曹達雲母paragonite、鱗雲母lepid01ite、鉄雲母lepidOmelane、チンワルド雲母zinnawaldite、黒雲母biotite、金雲母phlogOpiteで、日本画などで雲母末のことをきらと言うように、まさにキラキラしていてぼくの好きな鉱石の一つです。

雲母はインド、北アメリカ、カナダ、ブラジル、南米、アフリカ、ロシア、メキシコ等が有名ですが世界各地で産出します。日本ではあまりとれないのでもっぱら輸入にたよっています。白雲母は別名カリ雲母といって無色透明のものですが、黄や緑や赤の色を帯びることがあります。そのうちの赤色のマイカはルビー雲母rubymicaとも呼ばれ、 とても美しいものです。比重は276~4.0くらい、硬度は28~ 3.2です。金雲母は、マグネシア雲母、琥珀雲母amber micaとも呼ばれ、比重は275~ 2.90、硬度は25~27、少々ブラウン色に透きとおり、やはりとでもきれいです。

絶縁材料として使われる雲母

*ルビー色で美しい雲母

雲母を工作に使用する際には、むやみやたらとはがさないで、最初に半分にしてそれぞれをまた半分にするというように順にはがしてゆくと厚さをそろえやすく、好みの大きさに切る時は写真などを切断する小さな押し切りでよく切れます。厚いうちに切断しようとすると失敗することが多いので、使用する厚さになった後でカットするようにした方がよいでしょう。なお工作の際、マイカの表面に汗や油をつけないように気をつけましょう。

*雲母などを切断するときは、このような押し切り裁断機を使用すると綺麗に切れます。

このほか絶縁材料としては、ベークライト、エボナイト等、ガラスエポキシ、ポリカーボネイトなどがあります。

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集し、*印の文章や画像は新たに追記しています

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さぐり式鉱石検波器の二つのタイプ

鉱石ラジオの検波器として使える鉱物のいろいろ。

鉱石検波器の中で最もたくさん作られたタイプで、いろいろな形状のものが出現しました。

さぐり式の鉱石検波器には大きく分けて二つのカテゴリーがあります。開放式(オープンタイプ)と呼ばれる鉱石自身が表に出ているものと、鉱石の部分がガラスケースなどで覆ったりしてある封管式(クローズドタイプ)です。

 

鉱石検波器の鉱石は、主にハンダなどの台座に固定します。検波器用の鉱物を選んでいるところです。左に見えるサイコロ状の鉱物は「黄鉄鉱」で板の上に乗っているものは「方鉛鉱物」です。真ん中に見えるオレンジの透明な石はジンカイトと呼ばれ、出成不明な鉱物ですが感度良好です。

開放式はたいていの場合、針を動かせる範囲が大きく、また、鉱石の交換や調整が楽で、実験にとても適している反面、ホコリや水滴などで感度が落ちたり、本体やダイヤルを動かしたるする折に何かが触れると針が動いてしまったりすることがあります。

海外では、すでに台座に固定された状態の鉱石検波器用の鉱物が販売されていました。画像は「黄鉄鉱ーPyrite」です。

これらの鉱石検波器は小林健二の自作で、1920年代の型を参考。

さぐり式鉱石検波器の製作

 

封管式のものは安定性に優れていて製品としての受信機に向いていますが、工作が難しいのと調整や鉱石の交換なども面倒なところがあります。

海外で売られていた鉱石検波器で、クローズドタイプです。

海外で販売されていた鉱石検波器で、クローズドタイプ。

封管式鉱石検波器で、日本製。

固定式鉱石検波器の製作

接合型鉱石検波器の製作

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

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メッキ液を作る

いざメッキをしてみようと思っても、いちばん必要なメッキ液が今は入手するのがむずかしいようです。そこでニッケルメッキ液の作り方を紹介したいと思います。使用する薬品は特別危険なものもなく、比較的安価で、試薬屋か薬局で入手出来ます。

薬品は左からクエン酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、次亜リン酸ナトリウム、硫酸ニッケルで、手前はPH(ペーハー)試験紙です。

それぞれの薬品は粉体です。

クエン酸ナトリウムは細かな白い粉です。硫酸アンモニウムはやはり白くもう少し荒い、ちょうど食卓塩という感じです。次亜リン酸ナトリウムは無色のザラメといった感じです。硫酸ニッケルは美しい青緑色の細かめのコーヒーシュガー状の粒体です。

用具としては写真のように天粋、メスシリンダーあるいはビーカーなど薬品や
液体の量の計れるもの、攪拌棒、スポイト、紙コップやガラスコップが必要です。中央のポリのビンには蒸留水が入っています。

小さなビンにはPHを調整するための水酸化ナトリウムの溶液が入っています。(100ccの水に100gくらいの水酸化ナトリウムを濃いめに溶かしたものです)。

まず下準備をします。これはニッケルメッキ液1リットルを作るための分量です。

写真の左から、
1, 1リットル以上入るカップに水400ccを入れたもの。
2, 次亜リン酸ナトリウム16gを水80 ccに溶かしたもの。
3, 硫酸アンモニウム60gを水170 ccに溶かしたもの。
4, クエン酸ナトリウム60g(粉体のまま)
5, 硫酸ニッケル25gを水100ccに溶かしたもの。

これらの水溶液を作る際には、攪絆棒でゆっくりと液をまぜながら溶かしてください。特に硫酸ニッケルは溶けるのに時間が必要です。

準備ができたら1のカップに2を入れ、そしてよく混ざったら3、4、5と入れて行きます。4は粉体のままですからよく溶かしてください。

粉体のものはよく溶かしてください。

全体がよく混ざったらしばらくおいてからPH試験紙で状態を見ながら、水酸化ナトリウム溶液をスポイトで加えていきPH9になるように調整します。

全体がよく混ざったらしばらくおいてからPH試験紙で状態を見ながら、水酸化ナトリウム溶液をスポイトで加えていきPH9になるように調整します。その後、カップの目盛りがちょうど1リットルになるように水を加えます。

はじめ緑色っばかった溶液は、PHが調整されると深い青色になります。

できあがった溶液は密封容器に入れ、直射日光にあてないように保管します。

*せっかくですので、メッキをする方法も下記します。

メッキをする

ここではニッケルメッキのやり方を紹介します。

写真のうち、左上が電源です。これは自作したもので定電圧電源といって電圧(直流)を変化させることが出来るもので、これがあると便利ですが、使用する電圧はせいぜい1~ 3V位なので単1の電池でも十分です。その右横はヒーターで、液温を上げるのに使います。いちばん右がニッケルメッキ液で、濃い青緑色をしています。
その下が自作のヒーターコントローラーでヒーターの温度を調整するのに便利ですが、液温が上がりすぎればその都度スイッチを切っても同じなので無くてもよいでしょう。
ステンレス製のバットは、ホーロー製のものやビーカーでもかまいません。その場合は針金などを電極に使います。そのバットの上のが木やガラス等の絶縁性の棒でメッキするものをつるすためのものです。

メッキをしようとするものは針金でつるし、重なり合ったり、くっつきすぎないようにします。

ここではつるす棒は使わず、バットの底にガラスの板を入れてあります。バットにはニッケルメッキ液を入れ、コンロのスイッチを入れ90℃ 近くまで(ただし沸騰しないように)液温を上げます。)

本来だとこのままでメッキはできるのですが、電池もしくは直流電源で2V前後の電圧を印加してあげるととても早くきれいにできます。その場合、メッキをしようとするものをマイナス(― )の極、液の方をプラス(+)極とします。するとさかんに泡が品物のまわりから出てきますが、あまり著しいようなら電圧を下げ、少ないようなら上げてみてください。

電圧を変化できないときは、液温を上げ下げしても同じです。そして時々取り出してみてください。

写真のものは10分前後で十分にメッキができました。またメッキをしようとする品物が大きくなればなるほど、電圧は高い方がうまく行きます。

メッキをした後、自作鉱石ラジオの部品として使用した例です。

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

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クリスタル(結晶)イヤフォン

クリスタルイヤフォンのクリスタル=結晶は、ロッシェル塩と呼ばれる結晶で「酒石酸ナトリウムカリウム四水和物」です。

小林健二結晶作品
ロッシェル塩に銅のイオンを加えて結晶化させたもの。

ロッシェル塩を主成分として育成した結晶
小林健二の結晶作品

1672年、フランスのロッシェルという町の薬剤師セニェットが薬として発売したことからこの名があります。セニェット塩とも言います。イヤフォンの中にはロッシェル塩1 センチヘーホくらいのものを薄くスライスして、電極をつけたものが入っています。

ロッシェル塩で作った結晶
(小林健二の自作結晶)

自作のロッシェル塩を薄くスライスして電極をつなげてみた
(小林健二の実験)

ぼくはこのロッシェル塩の大きな結晶を作って、それを石やガラスを切るバンドソーで、本来のブレードを外して自作の糸で作ったものと変えロッシェル塩の飽和溶液をかけながらスライスしました。

左が自作のロッシェル塩結晶、右はその結晶で作ったイヤフォンです。
*画像は出版物「NHK趣味悠々大人が遊ぶサイエンス」より複写しております。

ロッシェル塩は結晶のある方向に電圧がかかると、歪む性質があり、連続して電圧が変われば、ロッシェル塩は振動します。その振動が振動板に伝わって音として聞こえるのです。

*「NHK趣味悠々ー大人が遊ぶサイエンス」(日本放送協会出版)より編集抜粋し、画像は新たに付加しています。

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ロッシェル塩結晶の作り方

人工結晶

 

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電波と戦争

電波の研究や発展と戦争とは切っても切れない関係にありました。もちろん現代においてもその事実は少しも変わっていないでしょう。明治38年(1905年)5月27日午前3時30分、対馬海峡を北上するバルチック艦隊を発見した仮装巡洋艦信濃丸は「テキカンミユ」の無電を朝鮮南岸の鎮海湾に待機していた日本の連合艦隊に発信しました。そしてその信号を受け出航した連合艦隊の先頭に立った旗艦三笠からは大本営に対して出撃の無電を打ったのです。「敵艦見ユトノ警報二接シ、連合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ波高シ。」このことは日本の無線電信の歴史のなかで特筆されるべきこととしてよく紹介されています。

やがで昭和16年12月8日午前3時19分「全員突撃セヨ」、そして同時33分(東京時間)「トラトラトラ」(ワレ奇襲二成功セリ)。ここでも無電は使用されました。そしてその日の午前7時、国民はあの「臨時ニュースの朝」をむかえます。ラジオから突然の放送がはじまります。

「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部12月8日午前6時発表、帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」

確かに戦争によって無線電信電話は飛躍的に進歩していきました。それはまだ音楽や落語などの娯楽のためのものではなく、あくまでも軍略的軍事的なものでありました。アメリカにおけるトランジスターの発明につながるのも、先の大戦中の鉱石検波器の再研究によるものと言われています。

これは日本の戦前のもので製品を改造してありました。入手当時、ツマミや端子の片方がこわれていたので、レストアしたものです。中には金属製のヴァリコンとスパイダーコイルが2つ入っています。

1930年後半の軍事用超短波の急速な進展で、当時の真空管では周波数特性が得られず使用できなかったことに端を発していたのです。

しかしどのように電波の世界が発展したと言っても、軍事による戦争のための開発や進歩は当時の国民にとって何ひとつよいことをもたらさなかったと言っても過言ではないでしょう。

戦前の日本製でこのラジオと最初に出会ったときは、すべてがメチャクチャにこわれていました。時間をかけてツマミを作リコイルを巻きなおしヴァリコンをなおして、できるかぎり当時の状態を再現してみたものです。ほとんどのパーツがひどいダメージを受けていたのにかかわらず、茶色になったセロファンに包んだ方鉛鉱がピカピカのまま箱の底に入っていたのは印象的でした。

遠くの土地や見知らぬ国の人々と自由に話し合いたいという願望によって産み出されたアマチェア無線局も、昭和16年12月8日の大戦開始とともに電波の発射が禁止され、同月13日からは受信も禁止されました。そして一般聴取できる放送は大本営の発表する戦局放送へとしばられていきました。

とりわけぼくが悲しく思うのは、昭和の大恐慌の最中に生まれた少年たちのことです。「少年技師」のところでも触れているように、当時の少年たちの憧れは模型飛行機を作りながらいつか大空を鳥のように飛び行くこと、あるいは無線電信による方法で未知の遠い国の仲間たちと大いに交信を持つこと、それらはともに少年たちに開放感のある自由を感じさせたことでしょう。しかしながら国民の生活は逼迫するばかりで明るいきざしは見えてきません。

そんななか、国は「大東亜共栄圏構想」をうちだします。それはアジアの国々に進出してくる西洋国家によって、それぞれの国や民族の固有性が破壊されるばかりか植民地として自由を奪われている実状を打破し、広くアジア世界全体が助け合って一つの大きな共栄圏をつくろうというものでした。その美しく思えた理念の底に軍部の侵略的思想が隠れていたことを彼らは知る由もなかったことでしょう。開戦後軍部はこの理想を実現すると称し、少年たちに聖戦参加を呼びかけます。陸軍に発足した少年通信兵学校に志願したもののなかには、自分の得意なことで何か国の役に立てるかもしれないという自負があったといいます。もちろんいつも腹ぺこで甘いものには縁のない彼らにとって、入学すればひと月に1回ある誕生祝いの会で赤飯、牛乳、きんとん、果物などを食べられるという情報に惹かれる子供らしい気持ちもあったかもしれません。

電波塔と少年たち

この少年通信兵たちは、はじめ陸軍学校のなかで教育を受け、昭和17年に陸軍少年通信学校として独立し、さらに昭和18年10月1日からは東京と新潟に創設された少年通信兵学校で学びました。少年兵としては通信兵はいちばん早く生まれたのですが、その理由は指が柔らかく固まらない少年のうちに無電のキー叩きを覚えさせるためでした。そして戦地へ赴き、仮に死に直面したときでも、通信兵は電鍵をにぎり決して離すなと教えられるのです。

少年通信兵に1年遅れで発足するのが少年航空飛行兵たちです。

本来なら自由な空や未知の国との通信にあこがれていた彼ら少年兵たちこそ、平和や自由を愛していたにちがいありません。否が応でも激戦地へと向かわされていった彼らは、ほとんどが15歳で、その大半は生きて再び戻ることはありませんでした。そしてこの通信兵として生きた少年兵たちの電波との最初の出会いこそ、まぎれもない鉱石ラジオだったのです。

屋外に立って空を見つめている少年の絵は、 1922年のJUDGE誌4月22日号から転載したものです。タイトルの「無限への同調」は、まさに少年技師たちの心を感じさせます。そして同じ絵は大正14年(1925年)の「無線電話之研究」(安藤博著)のなかにも「無線研究家の面影」と題されて使われています。そしてその絵の下には以下のような文が添えられています。
「月光がさんさんと静かに照り輝くある日の深夜、ひそかに起き出でてラジオを受信し、ああこれは何千哩の何局だ、これは何だ、またこの微弱なのは他の世界から来たのではないだろうか、あるいは火星からかしらんなぞと思いにふける青年を描いたものである。我々生まれながらにしてラジオに大いなる愛着を感じ、生涯をその研究に費やそうとするものは、いずれもこの種の経験と感激を有している。」

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

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鉱物結晶と電子工学の出会いーいつか夢で見たラジオ

小林健二1986年~2003年に発表された電子作品を紹介。

アーティストとして絵画、立体、音楽作品などを発表している小林氏は、1997年に「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」を上梓。鉱石ラジオの作者のイメージが強いが、エレクトロニクス工作全般の造詣が深く、電子回路の設計から製作まで行い、独自の作品を製作している。

これらの作品群は、鉱石、半導体ラジオ、ダイオード、モーター、電源など組み合わせて、視聴的に訴える「音」「光」をテーマにしたもの。「音源に反応する鉱石」「中に人が入っている」「魂が光る」錬金術師のような発想は、工作することでしか生まれてこないという。古色蒼然たる筐体からダイヤルツマミまで全て独自の手法で製作。

小林健二作品「PSYRADIOX」の自筆回路図です。(記事を複写)

小林健二作品[PSYRADIOX-悲しきラジオ]
AMラジオの電波を受信すると、作品上部にあるドームの中でクリスタルがゆっくり七色に変化し、音声に、音声に同調して光が明滅をくりかえす。下部には窓があって青く発光する結晶を見ることができる。ドームはガラス製のチリヨケを使用し、それを固定する部分は彫刻刀で仕上げた。

小林健二作品from[STELLA IN THE ROOM]-「星のいる室内」より
このドールズハウスのように見える作品も小型旋盤を多用した手作り。天窓を開けて室内をのぞむと、土星や星雲が青く光り静かに回っていて、前面の窓からも小さな土星が同様に光りながら回転しているのが見える。しかも、モーター音は全くしない。製作には木工の道具も活躍。

小林健二作品from[STELLA IN THE ROOM]-「星のいる室内」より
作品上部の窓からのぞむ。

小林健二作品from[STELLA IN THE ROOM]-「星のいる室内」より
室内に明かりがついた状態。一階の窓からは青く光る小さな土星が見える。

小林健二作品[IN TUNE WITH THE INFINITE-無限への同調]
薄曇りの窓からのぞむ世界に、その筐体からは想像できない大きな土星が出現する。それは確かに宙に浮いていて、青い光に輝きながら静かに回っている。いかにして浮いているのかはいつかご紹介しよう。その速度は本当の土星が1年で回転する周期を1分で再現した。

小林健二作品[ICE CRYSTAL RECEIVER-透質結晶受信機]
前後を曇りガラスで被われたラジオの中には透明な結晶が一つ。そしてスイッチを入れ微かなAM放送の音が聞こえはじめると、青白くそのものが光を放ち回転しながら音声に同調して明滅する。下部に全ての回路や装置が組み込まれている。

小林健二作品[SPACESCOPE-スペース スコープ]
上部にある接眼鏡からのぞいた世界。手前のレバーで視準を合わせると、暗箱の中に形を変えながらゆっくり回転する宇宙が現れる。そしてかすれたような音や微かにうねったようなノイズ、人のような音声に交じりながら不思議な音楽が聞こえると、メーターの針が揺れて小さな窓から見える水晶が輝く。

小林健二作品[SPACESCOPE-スペース スコープ]
上部の接眼鏡からのぞいた景色。

小林健二作品[CRYSTAL TELEVISION-鉱石式遠方受像機]
この作品は1990年に最初のダミーが制作され、1997年に筐体に組み込まれ発表されたもの。欧文タイトルに見るように動くテレビ画像がウレキサイト(テレビ石)という鉱物の表面に浮かび上がり、遠くから発しているような音声も同時に聞こえてくる。果たしてそれが現在の放送なのか首を傾けてしまう、そんな感慨を受ける不思議な装置。

小林健二作品[鉱石式遠方受像機]の内部には、音に変化を与える自作エフェクターなども組み込まれている。
(記事を複写)

小林健二作品[BLUE QUARTZ COMMUNICATOR-青色水晶交信機]
青く光る水晶の中から白い光が、モールス信号のように聞こえる音に合わせて明滅を繰り返している。それは私たちに何かメッセージを発信しているかのようである。

小林健二作品[青色水晶交信機]の全面パネルを開いた状態。内部には閃ウラン鉱(ウラニナイト)という鉱物が入っていて、そこから発せられる微量な放射線をガイガーカウンターが検出し、オーディオ信号に変換している。しかし一体どこにあの大きな水晶がはいいていたのか、確認することができなかった。
(記事を複写)

小林健二作品[RADIO OF NIGHT ; VOICE FROM DRUCE, RUBBY GARDEN AND BOOK OF SAPPHIRE-夜たちの受信機 晶洞よりの呼びかけ 紅玉庭園そしてサファイアの書物]
このタイトルが表すように、円形の窓から覗くとそこには鉱物が生まれる地中や、夜空に潜む星、光り輝く結晶などが共存しているかのような、美しい世界が繰り広げられている。そしてそれらがラジオの音声に合わせ明滅をしながら静かに回りはじめる。外観はシンプルであるが、それぞれの石が違った色で内部から光っている。

小林健二作品[CRYSTAL CHANNEL COMMUNICATOR-遠方結晶交信機]
二つの遠く離れた場所の映像が写し出され交信し合えるという作品。それぞれに設置された作品の結晶表面に相手側の風景や人が浮かび上がり、双方向で通信をかわすことができる。しかしよく見ると、後ろに設置されている光る板状のものから離れて水晶のようなものが存在しており、その結晶のみに画像が映し出されている。

*2003年のメディア掲載記事より抜粋編集しています。

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少年技師

小林健二の書庫の一角

少年技師

この聞き慣れない昔風の言い方に、ぼくはわくわくすることがあります。大正から昭和の初めころの少年雑誌に時々登場するこの言葉に、「小国民」のように軍国的な時勢に通じるものを感じる人もいるかもしれません。でもぼくはここに挙げるような広告にこころを通わせていたそのころの少年たちのことを考えてみたいと思います。

小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より

たとえばこの「模型の国」のところには「電気機関車、モーター、モーターボート、蒸気模型、模型部分品、顕微鏡、天体望遠鏡、カメラ、映写機、ラジオ、模型工作用用具その他模型に関する一切を収めた写真満載四六判三十頁余のとでも素晴らしいカタログ」と説明してあり、「模型飛行機と組立」のところには「四十余頁の飛行機模型に関する三百数十の部分品と三十余種の飛行機模型とを収めたカタログ」と書いてあります。ともに郵便代を送れば無料で進呈されるとも書いてあります。これは昭和8年の「子供の科学」に載った広告の一部ですが、このほかたくさんの少年や子供に向けた工作関係の広告が出ています。

そしてこれらの記事や本を目を輝かせて読んでいたのが「少年技師」たちだったのです。

昭和8年の「子供の科学」の巻末。文中のものとは違うが『模型の国』の紹介ページです。

昭和初期からの「子供の科学」。小林健二の蔵書から何冊か抜粋しています。

昭和の初め頃の「科学画報」や「科学知識」。多くの科学雑誌が発刊された。

昭和初期頃の科学雑誌の巻末ページ

たとえばモーターを作るとしましょう。簡単なものなら輸のように数回巻いた導線と永久磁石によって作ることができます。これを電池につないで最初に指で回転を助けであげると、パタパタと回り始めます。いかにも頼りなく、そして何の役にも立ちません。でもいかにも回転して当然に思える市販のモーターとは違って、天然の神秘の力がそこに息づいているのが感じられます。

現代においてこんな役に立たないモーターを作っている少年技師たちはいるのでしようか。

実はぼくはそんな効率や結果ばかりにとらわれない少年技師と出会いたいために、この本を書いているのです。モーターや鉱石ラジオ、顕微鏡や天体望遠鏡をとおして天然の持っている力と出会うことで、たましいの本来持っている好奇心を人間の世の息詰まるような規則や限界から開放してくれると信じているからです。

モーターにしても鉱石ラジオにしても、原点に近づいていくほど構造はシンプルになっていき、作るものがそれぞれの多様性を感じさせる出来映えになるのは不思議です。小さくてきちっとしたもの、大きくてゆるやかなもの、その人の個性や価値観が反映したからにほかなりません。

自分とは違った魅力、自分には思いつかなかった考え方、いろいろなものと出会っていきながら、どれもその人なりの面白さにあふれていることに気づくことでしょう。そして本当は「美しい色」という特別なものがあるのではなくて、さまざまな色があるからこそ、そのハーモニーによって生み出される美しさがあることに気づいていくのでしょう。

ですから時には回りもしないモーターやできそこないの望遠鏡を作り、聞こえもしないラジオに耳をかたむける・・・少年技師の目は天然の神秘に触れるまで、いやその不思議な力を知った後にも、輝きを失うはずはありません。そしてそんなまなざしは「孤独の部屋の住人」を誰一人として置き去りにしたりしないのです。

小林健二の書棚には昔の工作本などが見える。

少年工作全集。昭和初期に資文堂(東京麹町)から出版された少年に向けて書かれた工作本。
(小林健二の蔵書より)

少年工作全集「図解やさしいラジオの作り方(小泉武夫著・資文堂・昭和6)」の巻末ページ。心惹かれるシリーズのタイトル、さらに工作材料の提供など実際の工作に役立つフォローも嬉しい。
(小林健二の蔵書より)

小林健二がしばしば紹介している本「少年技師の電気学」(科学教材社・山北藤一郎著)

初期の「無線と実験」はラジオ工作には欠かせない雑誌で、現在、内容は時勢にあったものになり「MJ」という雑誌名で発行されています。(小林健二の蔵書より)

大正・昭和初期から中期頃の雑誌には、『鉱石ラジオ』の記事も時々登場していました。

図解ラジオ文庫。昭和28年前後に誠文堂新光社から出版されたラジオ専門の工作本。(小林健二の蔵書より)

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しており、画像は新たに付加しています。なお、画像のキャプションはこちらで付け加えております。

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ネームプレートを作る

「オーロラ通信社製鉱石ラジオ(小林健二作)」プレート部分

鉱石ラジオのような工作をするときに、小さくてもネームプレートなどがついたりすると、急に本格的になったような感じがします。ネームプレートは金属の板や樹脂板に文字を彫ったりする方法もありますが、ここでは金属の板を腐食して作る方法を紹介してみたいと思います。

材料は銅、あるいは真鍮、アルミ、亜鉛などの0.5~ 2 mm厚くらいの板を硝酸、第二塩化鉄で腐食して作ることが多いのですが、ここでは1mm厚の銅板を第二塩化鉄で腐食する方法を示します。

表面をよく磨いた(商品名ピカールなどのメタルポリッシュで)1mm厚の銅板を用意します。銅板は七宝材料などを扱うお店や銅版両などの材料を扱う画材店で入手できます。

上がアクリル板などを切るのに使用するPカッター(替え刃式)・下が銅板などを切るための道具。ともに定規を当ててV字に切り込んでカットしていきます。

すでに必要な大きさに金ばさみや金鋸、あるいは鋼板切りといって銅版画材料店にあるプラスチックカッター(Pカッター)のような工具でカットしておきます。

端は少しなだらかになるようにヤスリで面を少しとっておきます。そして裏側には腐食止めをするために粘着テープかカッティングシートなどを貼っておきます。そして文字として出っ張らせたいところにはインスタントレタリングを貼り、マークや絵は油性のマジックインキを使ってなるべくしっかりと防食できるように重ね書きをしてよく乾かしておきます。自分が満足できるデザインに仕上がったらなるべく指紋や油を腐蝕する部分に付着しないようにして作業を進めます。

腐食しないように金属板の裏にはカッテイングシートを貼っておきます。

腐蝕しようと思う銅板が十分に入る大きさで2~ 3 cmくらい深さのあるプラスチックやガラス製のお皿かバットを用意して、中に第二塩化鉄の腐蝕液を入れておきます。この液はやはり画材店の銅版画のコーナーや電子工作のパーツなどを扱う店のプリント基板の製作材料コーナーで人手できます。用意ができたらその液の中にさきほどの銅板を静かに入れ、ときどき様子を見ながら自分の思う深さまで腐蝕が進んだかどうかを5~ 10分おきにみながら作業してください。もし途中でインスタントレタリングやマジックの線がはがれてくるようなら、液からあげて水洗いをし、乾かして修正をして、作業を続けてください。

このようにして何度か練習をすれば、すぐにうまく作れるようになります。

腐蝕液は何度も使えますが、そのうち腐蝕力が落ちてきて使いづらくなってきたら、そのまま下水などに流したりせずに、炭酸カルシウムで中和してから処理してください。この処理の詳しい方法は、入手するときに店の人が教えてくれるはずです。

このようにしてプレートができたら、文字をもっときわだたせるために低い部分に塗料を塗ります。黒のつや消しのスプレーなどを全体にかけて、80~ 100番くらいの粗い耐水サンドペーパーで水をつけながら磨くと、文字などの高く残ったところが浮き出てきますから、そのあとをメタルポリッシュなどで磨き、ビスや釘でプレートを取りつけるための穴をあけたりして出来上がりです。色も自分の好きなものを選んでください。

この作り方を知っておくといろいろなことに利用できると思います。また、文字や数字を刻印する方法(工具は彫金材料店で人手できます)や、写真焼き付けで字や絵の防触層を作る方法(この材料はさきほどのプリント基板の材料コーナーで入手できます)もありますので、いろいろ試してみてください。

*この記事は、小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集し、画像は新たに付加しています。

*小林健二の作品にも自作プレートが使われていて、その中の何点か紹介してみます。

「1965年3月27日午前」
木、鉛、電気、風景
1991
(通電すればその時だけ約一時間ほど1965年3月2日の風景が箱の中に現出するとのこと。不思議と人によっては心の中にそれが浮かんでくることもある) *プレートは鉛板にタイトルが刻印されています。

「サイラジオ-透質結晶受信機-」
木、合成樹脂、電子部品、他
1993
(透明結晶が青く光りながら回転し、同時にラジオも受信する)*金属製のプレート

KENJI KOBAYASHI

コイルの巻き方

以前いろいろなコイルについて説明をしましたが、コイルを製作する上で参考にしてもらうために、ここではいくつかの巻枠と巻き方の実際を紹介してみたいと思います。

図はハニカムコイルのホルダーの巻枠部の展開図です。 上は単ハニカムコイル
の巻順で、図のように巻いていきます。
コイルが十分巻き上がったらホルダーからピンを抜きニス等で固めて作ります。
中は複ハニカム巻きでホルダーは同じですが、巻き方がちょうど1つおきに巻い
ていきます。 一巡巻き終わった後、 下のようにさきほどとばしていったところを
巻いていきます。

図はウェーブコィル等を巻くときのホルダーです。棒の部分は真鍮製でネジが切ってあり中心部のコアに付いていて、コイルを巻き終わった後、棒を回し取ってしまい、 コイルがバラバラにほどけてしまわないようにワイヤーが交差したところを糸等でしばってしっかりさせます。

スパィダーコイルはこのように巻枠に羽2つごとに互い違いに巻いていきます。

ハニカムコイルを手巻きで巻くホルダー

バスケットコイル等を巻くための自作のホルダー

図はバスケットコイルの巻枠で、上のものは米国で売られていたものです。コ
イルの径を変えられるようになっています。下はポピュラーなもので堅い木に穴
をあけ真鍮製の棒を抜き差しして使用します。 2列に穴があいているのはコイル
の径を変えるためです。

画像は左上・芯のついたラジアルバスケットコイル、中上・ウェーヴコイル、右上・クラウンコイル(小林健二設計)、左下・スポークコイル、中下・スパイダーコイル(大正時代のもの)、右下・ナローバスケットコイル。

*この記事は、小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

コイルについて

KENJI KOBAYASHI

鉱石ラジオを作る

まず、基本的な「鉱石ラジオ」を作ってみましょう。必要な部品はコイル、コンデンサー、検波器、クリスタルイヤフォンです。
「鉱石ラジオ」は検波器として鉱石を使っているものを言います。部品やデザインのバリエーションも紹介しているので、参考にしてください。

材料
1、紙管(70mm径,80mm長さ)・2、エナメル線・3、木の角柱・4、ビニル被覆線(30cmほど)・5、ドールハウスのフライパンなど・6、クリスタルイヤフォン・7、木板(150mmX80mmまたはハガキサイズ、厚さ15mm)・8、真鍮板(70mmX50mm2枚、55mmX60mm1枚、各0.5mm厚)・9、カッティングシートなど・10、真鍮平角棒(1.5mm厚、6mm幅)・11、圧着端子(0,5mmX3mm、針を挟んでつぶせば良いので多少太くても可)・12、縫い針・13、方鉛鉱または黄鉄鉱・14、画鋲・15、木のブロック・16、釘・17、ネジ(サラネジではない3mm径、8mm長くらい。ワッシャーもあると良い。タッピングネジ(木ネジ)でも良い。)
*これらの寸法や材料はあくまでも便宜的なものです。自分なりの工夫で色々考えてみてください。

用具
1、電気ドリル・2、プライヤー・3、金切りハサミ・4、ピンセット・5、ワイヤーストリッパー・6、カッター・7、ニッパー・8、紙ヤスリ・9、耐熱ボード・10、ハンダ・11、ハンダゴテ・12、ペースト・13、ガストーチ・14、万力・15、ノコギリ・16、洗濯バサミ・17、平ヤスリ・18、丸棒・19、定規・20、ポンチ・21、千枚通し・22、プラスドライバー・23、金槌

接着剤
1、ホットメルト(グルーガンやホットボンドも同じもの)・2、シェラックニス・3、燃料用アルコール・4、シェラックニスを燃料用アルコールで薄めたもの・5、瞬間接着剤・6、ボンド・7、紙コップ・8、筆

ーコイルの作り方

1、紙管の両端から1cmほどの所にそれぞれ千枚通しで穴を開けます。

2、先に開けた穴から、紙管の端に沿って少し離れたところに、それぞれもう一つ、同じように穴を開けます。

3、穴にエナメル線を通し、紙管の方を回しながら巻いていきます。この時紙管を回す方向はどちらでも構いません。またエナメル線の端は10cmくらい残しておきます。

4、エナメル線の端を管の中に入れ、残りは手に掛けるなどして巻いていくと、絡んだりしにくく取り扱いがしやすいでしょう。また、エナメル線は押さえながら巻いて行きます。

5、反対側の穴のところまできたら、巻き終わりです。巻いたエナメル線を押さえながら、端を穴に通します。

ひと工夫
紙管にニスを塗っておくと強度が増し、エナメル線もほどけにくく巻きやすくなリマス。はじめに内側を塗り、次に木の板などを入れて外側を塗ると手が汚れずに全体に塗れます。
左がニスを塗っていない紙管、右が塗った紙管。
巻いたエナメル線の表面にも塗っておきます。こうするとほどけてきません。

ーコンデンサーの作り方

1、真鍮板を金切りバサミなどで切り、手を怪我しないように角を紙ヤスリで丸めます。

2、穴を開けた70mmX50mmの真鍮板を万力にはさみ、木の板を当てて曲げます。穴は真鍮板にポンチでくぼみをつけ、画鋲が通るくらいの穴を開けます。またこれは、両面テープや接着剤で固定しても良いので色々と工夫してください。

3、もう一枚の70mmX50mmの真鍮板も同じように穴を開け、曲げます。

4、55mmX60mmの真鍮板を包むように、カッテイングシートを両面に貼ります。この時、ハンダ付けをする部分は残し、はみ出したところはカッターで切ります。

写真ではすでにカッテイングシートが貼られていますが、その前に真鍮板の、今後配線する部分に少量のハンダをつけておきます。これは前ハンダと良い、ハンダ付けを行う時にはしておくと良いでしょう。

5、角ブロックにのこぎりで切れ目を入れ、瞬間接着剤で真鍮板に取り付け、取手ににします。(回路に直接手を触れないようにするためです)

ー検波器(ディテクタ)の作り方

1、耐熱版の上に置いた、ドールハウスのフライパンの内側にペーストを塗り、切ったハンダを入れてガストーチで加熱し溶かします。

2、ハンダが溶けたら、方鉛鉱をのせます。

3、ハンダが固まるまで、放冷します(急冷はしないでください)

4、ディテクタの針を作ります。尖っている先端5mmをプライヤーでくわえ、ガストーチで赤くなるまで加熱し、焼きなまします。こうすることで柔らかくなり曲げやすくなります。光っているところはなまっていない部分です。針の代わりにピアノ線でもできますが、その時は焼きなます必要はありません。

5、焼きなました針の、穴の開いている方を圧着端子に差し込み、ニッパーで2箇所くらい切断しない程度の力でつぶします。

6、圧着端子を直角に曲げてから、丸い棒に針を巻きつけるようにして曲げます。

適度な圧力で方鉛鉱に接する必要があるので、必ず方鉛鉱に当ててみて高さを調整してください。

針ではなく、ピアノ線を巻いてバネのようにして使うこともできます。このようにすれば、方鉛鉱物の高さが多少変わっても、適度な圧力を保つことができます。

ー配線の仕方

作った部品をこのように木板上に配線していきます。

1、角柱を木板にボンドで接着し、ネジ用の直径2.4~2.5っmの穴を開けておきます。木ネジを使う場合は、キリで開けても良いでしょう。

2、木板にコイルを画鋲で止めます。この時エナメル線を巻いた部分に刺さないように注意します。

3、真鍮平角棒を角柱とコイルにのせ、釘を通す穴の位置と、カットする位置に印をつけます。

4、金切りバサミで切ったら、平ヤスリか紙ヤスリで角を丸めます。配線する側は、印の位置に穴を開け、先端は熱容量を小さくするために補足し、その部分に前ハンダをしておきます。

5、ホットメルトガンで ディテクタを取り付けます。

6、木板にネジを半分ほど入れておきます。

前ハンダをした2枚のL字真鍮板に、取手のついた真鍮板をはさみ、洗濯バサミで止めておき、木板に画鋲で固定します。この時、L字の真鍮板の間が空きすぎないように調節します。

7、L字板どうしを前ハンダをしてエナメル線でつなぎます。エナメル線にも先端を紙ヤスリでこすり、被覆を剥がして前ハンダをしておきます。これはコンデンサーの面積を広げ、電気容量を増やすすためです。

8、コイルとコンデンサーのエナメル線の先をやはり紙ヤスリでこすり被覆を剥がします。そして右巻きにネジに巻きつけます。こうするとネジを締めるときに戻りません。

8、コイルとコンデンサーのエナメル線の先をやはり紙ヤスリでこすり被覆を剥がします。そして右巻きにネジに巻きつけます。こうするとネジを締めるときに戻りません。

真鍮平角棒をとりつけます。何回もコイルの上を動かしてコイルにつく傷の位置を調べます。真鍮平角棒は、あらかじめやや下に曲げ、コイルに当たるときに少し圧力がかかるようにしておきましょう。

10、定規などの薄めの板んび挟んだ紙ヤスリで、コイルの傷跡部分の皮膜を丁寧に剥がします。(こすりすぎて線を切らないように注意)。綺麗に剥がれたかどうかはテスターなどでチェックしておきましょう。

11、ディテクタにハンダでビニル被覆線を取り付けます。

12、ディテクタから伸びているビニル被覆線を、スライダーの端にハンダで取り付けます(前ハンダを忘れずに)

13、クリスタルイヤフォンの線をほぐして軽く1回しばっておきます。

14、スライダーから伸びているビニル被覆線を、コンデンサーの真ん中の真鍮板にハンダづけします。

15、真ん中の真鍮板を引き出したところ。

感度をチェックするときには、鉱石に当たっている針を外してゲルマニウムダイオードを写真のようにつけて行います。受信できなかった場合に、鉱石のディテクタに原因があるのか、他のところにあるのかわかりやすくするためです。

16、鉱石ラジオの完成です。これはあくまでも一つの例であって、それぞれの工夫によって色々と磨きをかけてください。そしてゆっくりと急がずに作ることが何より大切です。

太鼓鋲をスライダーにつけると、コイルとの接触が良くなり、ツマミをつけることで回路に直接触らずにすみます。
これが太鼓鋲。
ひと工夫で仕上げてみた鉱石ラジオです。

ーコイルと スライダーのバリエーション 続きを読む