月別アーカイブ: 2017年4月

スパイダーコイルに挑戦しよう

「趣味悠々-大人が遊ぶサイエンス(日本放送出版協会)」の書籍より

巻き枠を作ります。羽の数を15枚として、2枚貼り合わせた厚紙に円盤を、比例コンパスで15等分し、印をつけます。印をつけたら、それぞれ中心点と線で結んでおきます。

比例コンパスを使わないで15等分する方法です。平行に等間隔で引いた16本の直線上に、厚紙円盤の円周と等しい長さの細い紙を乗せます。紙を斜めにすれば、直線のところで15等分されます。これを円盤に巻きつけ印をつければいいのです。

V字に切った厚紙を型紙にして、15等分の線を中心にしてV字の線を引きます。

円盤の内側の円と15等分の線の交点にポンチで穴を開け、穴の両端から、V字の線に沿ってカッターで切り取ります。

全体にニスを塗ります(この場合、見やすいように黒いニスにしています。)

羽を2枚ごとに飛ばしながら、エナメル線を巻いていきます。

タップを出したいときは、途中でエナメル線をより合わせます。(わかりやすくするため写真ではエナメル線の色を変えています)

アイスキャンディーの棒を使ってもスパイダーコイルや、バスケットコイルの芯などを作ることもできます。

コイルのいろいろ

コイルの巻き方にはいろいろあって、目的に応じて使われています。ソレノイドコイルは作るのは簡単ですが、隣り合う線同士がコンデンサーになり、その電気容量のせいで計算値とずれたり、高周波の電流が流れてしまったり、いろいろと問題が起きます。コイルはコンデンサー部分がすくなくて、インダクタンスの高い物がラジオにとって性能のいいコイルと言えます。1~8は小林健二作のコイルです。

1,ソレノイドコイル
2,ビノキュラーコイル
3,スペース巻きコイル
4,相互インダクタンスを変えられるコイル
5,クラウンコイル(小林健二設計)とバスケットコイル
6,デイーコイル(Dコイル)
7,ウエーブコイルとスパイダーコイル
8,スパイダーコイルとオクタゴンコイル
9,ベークライト板(コイル枠)*1~8は小林健二作のコイルです。

ルーズカップラー
タップが出ていて巻き数を変えることで、自己インダクタンスを変えるだけでなく、中のコイルを出し入れして相互インダクタンスを変えることができます。

コンデンサーのいろいろ

電気容量の変えられるコンデンサーのことを「ヴァリアブルコンデンサー」通称「ヴァリコン」と言いますが、絶縁物を挟んで向かい合っている2枚の極板の、間隔が面積を変えることができればいいので、簡単なものは自作することも可能です。写真3を除き、ぼくが作ったものです。

1,エアーヴァリコン。空気を絶縁物としたものです。ダイアルを回すと羽の向かい合う面積が変わるようになっています。
2,本のように開くことのできる板の内側に真鍮板を貼ったもの。開き具合で電気容量を調整します。3,エアーヴァリコン。真鍮製で重いのでバランスウエイトが手前についています。
4,表面に錫箔を貼った太さの違う試験管を重ね、内側の試験管をスライドさせることで電気容量を変えます。
5,ガラスに錫箔を貼ったもの。
*1,2,4,5は小林健二作

*「趣味悠々-大人が遊ぶサイエンス(日本放送出版協会)」の小林健二の記事部分より一部抜粋。何回かに分けて紹介予定。画像は書籍を複写しております。

KENJI KOBAYASHI

空中線回路について

この図は以前にも掲載していますが、鉱石ラジオの構造を4つに分けてあります。今回は「空中線」の部分です。

空中線

基本的にこの回路は電波をとらえるアンテナ(A)と余分な電流を流すアースによって成り立っていて、途中に次の回路に電流を進めるコイル(L)が入ったり、同調回路のコイルと共有になったりすることもあります。本来なら、鉱石ラジオではアンテナのことを空中線とするのがふさわしいのかもしれません。

なぜかというと、鉱石ラジオができたころ、イギリスにいたマルコーニが大西洋横断の無線通信に初めて成功した実験で、 150mの高さにあげた凧から垂らした針金で電波をキャッチしました。それでイギリスでは今でもエアリアルearialと言っていて、空中線はその訳語だからです。

アメリカでは比較的早くから真空管式ラジオが発達し、感度がよいのであまり大きくない空中線でも聞こえるため室内アンテナが開発され、可般性のものが大半であったため、そこからアンテナantenna(昆虫などの触角)と言うようになったようです。

室内アンテナのいろいろ

電波と空中線

電気力線の向き

電波をキャッチするのも空中線ですが、電波を送信機から放出するのも空中線です。ではいったいどのようにして電波は空中線から放出されるのでしょう。

同調回路のところでお話ししたように、コンデンサーの両端に直流の電圧をかけると(+)から(ー )のほうへ電気力線が発生します。

もう一度くり返しますと、電気力線は図に書いたような線として実際に存在しているわけではなく一種のたとえのようなものですが、低い電圧ではその数は少なく、電圧が高くなると数も増え電圧の向きを変えると電気力線も向きを変えると考えます。

ですからもしこのコンデンサーに交流の電圧をかけると、電気力線も増えたり減ったり、逆向きになったりするわけです。

またこのコンデンサーの極板の距離を少しずつ離してゆくと、電気力線はそのお互いの反発力によって、(+)から(― )へはゴムの線のように引き合いながらも横のほうへと広がって、徐々に膨らんでゆくのです。

このように直流の電圧の場合は、横にいくら膨らんでいても電気力線はそのままを保っていますが、ここに交流の電圧をかけるとちょっとおもしろい現象が起こると考えられています。低い周波数のときにはそれでも電気力線は少々膨らみながらもせわしくその方向を変え、増えたり減ったりしているのですが、周波数が高くなるにつれ、大きく膨らんだ電気力線は、中のほうへ戻ることができなくなりはじめあとからあとから、まるで押し出されてゆくように順々に外のほうへと飛び出すようになってゆくのです。それがいったいどのように行われているか、本来、人間の時間系ではおよそ想像することは不可能に思えます。そこで1秒に30万km(正確には299.792.458m)を移動する電波を1秒に1cmくらいの速度にみたてて、もし目で見ることができれば信じられないほどあるはずの電気力線のうち1本だけに注目して説明したいと思います。もちろんこれはあくまでも仮定であって、電磁波の現象を理解するうえでの便宜上の説明であり、未米においてはまったく別の方法でもっとうまく説明できるかもしれません。

①電圧がコンデンサーに全然かかっていないと、電荷は中和しているようなもので、電気力線も発生していません。
②電圧がかかりはじめ、電気力線が発生し、外側が膨らみはじめます。
③さらに電圧がかかるピークを超え、電気力線は少しずつ縮まろうとします。
④電圧の極性が変わり、新たな向きの電気力線が発生します。
⑤内側からの電気力線の圧力で、外側の電気力線も縮よりきれなくなります。
⑥電圧がゼロになって電気力線は切り離されます。
⑦2つの電気力線はつながり、輪のようになります。
⑧内側からさらに発生した圧力によって外側に押し出されます。
⑨完全に電荷から切り離された状態。
⑩連続して電気力線が出ている状態。
⑪実際にはその一つ一つの膨らみに、たくさんの電気力線が東になっていると考えられます。
⑫ちょうど真ん中のあたりに注目して卜下をカットすると、一種の疎密波になっています。
⑬このエネルギーの変化を電圧に置き換えると電波の波が見えてきます。

電波の発射

上の図はコンデンサーの電荷の間で電気力線が発生するようすと、電圧の変化(電圧や方向)を示してあります。おそらくこのようにして、電波は空間に飛び出してゆくと考えられます。低い周波数では電気力線はコンデンサーに戻ってしまい、ある程度高い周波数にならないと電波にはなりにくいということです。そのようなわけで電波の出力をする空中線やアンテナはまさに一種のコンデンサーであると言えるのです。

 

コンデンサーからアンテナヘ

よりよく電波を出す工夫

実際の空中線はコンデンサーの格好をしているわけではなく、もっと電波の出やすいように工夫されています。どのように工夫しているかというと、図の(A)→ (B)→ (C)というように、片方にどんどん開いてゆくとそれだけ電波は出やすくなり、(D)180° に開ききると導体の反対から同距離になるのでさらに出やすくなります。(E)はその一端を大地に接してしまうと、大地は良導体と考えられるので、まるで片方の一端を地中深くに埋めたような効果をもちます。この機構こそが大地(アース)を用いるという考え方で、空中線回路のもうひとつの重要なポイントとなるのです。アースを使う考え方はマルコーニが考案したもので、彼の発明のなかで最も大事なものとも言われています。そこで昔はこのような空中線機構(片方を接地したもの)を、マルコーニエアリアル(マルコーニアンテナ)と呼んでいました。

音声を電波にのせる

振幅変調

マイクから入った音やあらかじめ録音されていた音声などの低周波信号は、いったん増幅され、発振器から出て増幅された高周波の電流と変調器によって合成されます。単純にまぜるだけだと(C)のようになってしまい、(D)のような変調波型にはなってくれません(ここでは変調器の変調理論の説明は省きます)。

この複雑な変調器によって、人の声などの低い周波数の音声信号は、高周波の搬送波carrier waveとともにさらに増幅されて、音声の成分を含んだ電波として空間に飛び立ってゆくのです。

変調とは
FM( frequency modulation)周波数変調・音声電流の波形によって搬送波の周波数を変化させる方式。・搬送波周波数76~ 90MHz(メガヘルツ) AM(amplitude modulation)振幅変調・音声電流の波形によって搬送波の振幅を変化させる方式。・搬送波周波数531~ 16112kHz(キロヘルツ) A ,音声信号 ・B, 搬送波(キャリア)・C ,AとBがまざった波形 ・D, AがBによって変調された波形

 

国内の―般放送の開始(中波による)

アメリカのピッツバークのKDKA局が1920年、 イギリスのロンドンBBC局が1923年、日本の東京のJOAK局が1925年等々、世界のあちこちで国内に向けての一般放送が始まります。これらの放送に使われているのは、中波の周波数の電波です。それまでの経験から、お互いが送受信をするわけでもなくまた国内という限られた範囲での一般向けの放送なので、巨大な設備の必要な長波や遠方まで通信するための短波ではなく、中波の周波数帯が選ばれたわけです。

東京放送局では大正14年3月1日日曜日、芝浦の東京高等工芸学校(現都立大学工学部)の図書館の中に設けたスタジオからその第一声を発しました。「アー、アー、アー、よく聞こえますか?」午前9時半、海軍軍楽隊の行進曲の演奏が始まり、人々はまだ珍しい受信機の前にむらがって耳を傾けていて、その声が聞こえたときには「聞こえた、聞こえた!」と感動のあまり泣きだす人もいたほどでした。この試験放送は成功して、3月22日の仮放送に続き、 7月12日には本放送が開始されたのです。

JOAKの本放送が始まった大正14年当時のヘッドフォン付き鉱石ラジオ。

電界強度

感覚的にも感じるように、電波は距離が遠くになるにつれてだんだんと弱くなります。それは、アンテナからの距離の2乗に反比例していて、たとえば距離が2倍なら1/4、5倍なら1/25というように弱くなるのです。この電波の強さのことを電界強度と言います。もっとも、この減衰率も理想的な状態のときのもので、実際には山や森、高い建物などが電波の伝わるのを邪魔してしまうので、さらに弱くなるのです。これは減衰定数とも言われ、この定数が大きいほど減衰ははなはだしくなります。やはり、でこぼこしている山岳地ではとでも大きくて、森や建物の多いところ→少ないところ→平らな土地→海という順で小さくなります。この電界強度は〔V/m〕という単位で表され、有効な高さ1mのアンテナに1Vの電圧が誘起された場合、 1V/mということになりますが、実際このようなことがあれば怖くて外も歩けないでしょう。通常はこの1000分の1の〔mV/m〕あるいは100万分の1の〔μV/m〕を使用します。

電波の伝わり方

ヘルツが実験で火花のスパークによって電波を発見したころ、その周波数は今でいう短波帯に属するものでした。ところがこれでは電波はどんどん上空に飛んでいってしまい、地球のように円い地面のところでは遠方の地域へは届かないと考えられ、外のほうへ逃げずに地表に沿って進む電波(地上波)が初期の電信事業では開発されていました。短波のように空間に広がる空間波の性質を持つものより長い波長のものほど、地面に広がる性質があって、その地表波の代表が長波です。

ところが通信に長波を使うと、その長い波長に合わせた空中線、同調回路がみな巨人になりますし、先ほどの電界強度の減衰率がとでも大きくて、遠方への通信には莫大なエネルギーを必要としてしまうのです。しかも長波の周波数が低いので、搬送波として用いた場合にどうしてもそれに乗せることのできる音声の帯域は短波のように広くとれないのでした。そのような理由から、ラジオ放送が中波を用いて開始されたと考えられます。

波長と周波数

先ほどから何度も出てくる波長と周波数ということについて、ちょっとまとめておこうと思います。まず周波数というのは交流の電流あるいは電磁波などの交番する周期が、 1秒間に何回あるかを示したものです。 1周期は、交番波形の山から次の山まで、もしくは谷から次の谷まで、 というように同じ向きでもう 1度同じ場所まで戻ってくる間の部分を言います。

この波形の1周期分が1秒間に1回くれば、その周期は1 Hz(ヘルツ)であると言います。たとえば、 1秒間にその周期が50回あれば50Hzで、これは東日本の家庭のコンセントなどに来ている100Vの交流の周波数です。そしてぼくたちの声のような音声を低周波、電波などを高周波と言って、だいたい20 kHz(キロヘルツ)くらいを境にして感覚的に分けています。

電波法などでは30 kHz以上を高周波、 100 kHz以上を無線(ラジオ)周波数などと言っています。

鉱石式送信機

ケネリー・ヘヴィサイド層(電離層)の発見

アンテナやアースのいろいろ

 

*この記事は、小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

*この内容から想起するアンテナやアースを使用した小林健二作品を紹介します。

健二式鉱石受信機

KENJI KOBAYASHI

 

 

ケネリー・ヘヴィサイド層

ケネリー・ヘヴィサイド層(電離層)の発見

電波(電磁波)は、本来、光の仲間ですが、周波数が高くなればなるほど、さらに光の持っている性質に近づいてゆきます。ですから短波は光のように直進する性質が強く、長波のように地表に沿って進んではくれず、地球の球面の陰になってしまうところまでは届かないと考えられていました。しかし1901年から1902年におけるマルコーニの大西洋横断無線電信の一連の実験で、イギリス・カナダ間という直進するだけでは届くはずのない位置にある場所どうしの通信が行われ、人々を不思議がらせます。この実験結果に興味を持ったイギリスのヘヴィサイドOliverHEVISIDE(1850-1925)とアメリカのケネリーArthur Edwin KENELLY (1861-1939)は、それぞれほぼ同時期に上空の大気中に電波を反射する何かが存在すると推論するようになりました。

やがて1924年、イギリスのアップルトンなどによって、この電波を反射する層は上空85 kmに存在することが確認され、ケネリー・ヘヴィサイド・レイヤー(K・H層)と呼ばれるようになります。

電波が電離層で屈折し地表で反射する様子(これらの層の区別は必らずしも確定的なものではありません)
1,昼の長波 D層は夜には消滅するため、夜間はE居で屈折し地上に戻るが、長波の空間波はとでも弱い 2,中波 E層で屈折する 3,短波 F層で屈折する 4,超短波 F層もつきぬけ、はるか字宙へと飛んで行く
D層 60~90km(夜間は消滅する E層 約100km F層 200 ~ 400km(昼間はFlとF2の2層に分かれ厚くなる) 昼間は厚くなり活動が激しくとでも乱れている。夜は薄くなり静かで安定している。 G層 600~ 1000km とても上層で稀薄 ES層 スポラディックE層 ときどき発生する突発的 (スポラディック)なもので、E層の距離と密度を持つ

このK・H層は電離層(ionized layer)のことで、太陽からの紫外線やX線が、地球上空にある大気の稀薄なところに当たって、気体原子が電子を放出してイオンとなり、そのイオンの電子は自由電子として空間に飛び回り、やがでまたイオンにとらえられ、中和して消えますが、このようなことを次々と繰り返している場所と考えられます。ここに短波・中波などの電波が当たると、その内部で連続的に屈折することでまるで反射をするように地上に戻り、ふたたび地上で反射され、これを繰り返して地球の裏側までも達することが確認されると、短波通信は飛躍的に発展していきました。

この電離層は太陽から来るX線や紫外線の影響によって起こるものですから、昼間と夜間では状態が同じではありません。またその屈折や反射のぐあいは春夏秋冬によっても異なってきます。そして電離層の発生のさかんな昼間はちょうど沸騰したお湯の表面のように乱れていて、屈折や反射が安定しないので、短波の放送が聞こえにくくなることもよく起こります。ですから、夜になると遠方からの放送に耳を傾ける受信者たちも多かったのです。

そんなわけで、せっかく地球の裏側まで届くというすぐれた性質が認められてもかえって今度は近距離の聴取がしづらいというようなことも起きてきます。

また、スキップ距離skip distanceといって、地表波の減衰の大きい短波にとって、 上昇した空間波が電離層から戻ってくる間の地域では、空間波もともに弱かったり、もしくはそれらが互いに干渉し合って電波にうねりのように強弱がついて、非常に聴取しづらいフェージングという現象が起こったりします。この干渉は空間波と地表波の強度が等しいとき、最も激しく起こってしまいます。これを近距離フェージングと言います。また、通路の異なる空間波どうしの干渉によるものを遠距離フェージングと言います。これらの現象の度合や発生する地域は、季節、時間、周波などによって変化し、一定ではないので厄介なものです。このフェージング現象のような受信障害から免れる対策として、遠方の船舶などへの通信を短波によって行なうときは、場所によってお互いの送受信する周波数を申し合せてよく聞こえるように変えたりするわけです。

*この記事は、小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

*この内容から想起する不思議な小林健二作品を紹介します。

[SPASESCOPE-スペーススコープ]小林健二

スペーススコープを調整するのは、少々骨が折れる。試体となるべき物質の質や量によって、その内部に出現する宇宙の構造が変わってしまうからだ。しかし、その後で巡り会える薔薇色や菫色の昴を思うと、時間を忘れる。ぼくは、その上部の接眼鏡から覗き込む。暗箱の中で、形を変えながらゆっくり回転する宇宙に視準を合わせると、手元のレバーで選んだ星に注意深く細い針を接地する。電位を等しくした後、同調ノブで、「今日のお相手」を探し始める。やがてかすかに雑音に混じりながら星の歌が遠い過去の放送電波に乗って聞こえ始める。絶え間なく何かを発信しているその源に、ぼくのこころは導かれて行く。机の上のこの小さな箱には、もはや相対的な距離など存在していないのだ。

明け方まで研究に耽った後、すでに電源が切られているはずのスペーススコープをふっと見ると、結晶鏡のメーターがホタルのようにまだ光っていた。

スペーススコープの接眼鏡から覗いた景色。(小林健二作品より)

KENJI KOBAYASHI

 

 

鉱石の結晶を通して遠方の出来事が聞こえてくる

幻のような「鉱石ラジオ」、しかし、現代のテクノロジーの「きっかけ」でもあります。

「ほんと、あれって不思議でおもしろい」と、いつのまにか自分が「鉱石ラジオ」の宣伝マンになっているような気がする。ぼくにとって鉱石ラジオとは、そういう存在です。客観的に捉えていても、素直にほめることができる対象です。

鉱石ラジオとは、回路の一部に鉱物の結晶を用いた受信機(crystal set:結晶受信機)のこと。電池などの電源を必要とせずに、空間に満ちている電波というエネルギーを鉱石の力で感じ取って作動します。20世紀初頭(日本では大正時代の終わり頃)に現れ、我々の生活に定着する間も無く、まるで幻のであったかのように忘れ去られていきました。しかし、現代のテクノロジーを支えるICや半導体のきっかけとなったのも、実は鉱石検波器だった。そう言っても過言ではないと、ぼくは思っています。

鉱石ラジオの検波部は、鉱石に針を当てて電波の流れの中から音声の成分をより分けるというものですが、それがやがてダイオードを構想するきっかけとなり、トランジスターの開発へと繋がっていきます。ところが、そんな鉱石ラジオでも、今となってはほとんど現物に出会うことができません。

英国ブラウニーワイヤレスカンパニー社製の鉱石受信機。1920年もので、BBCマークが入っている。
小林健二「ぼくらの鉱石ラジオ」より

誰もが工作を楽しめるように、ぼくなりの方法で解説してみました。

『ぼくらの鉱石ラジオ』と題した本には、実際に欧米や日本で作られた製品の姿を紹介しつつ、自作のラジオを交えて読者がそれぞれ工作できるように方法を紹介しています。

小林健二「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」

小林健二「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」工作編

銀成硝子検波器(小林健二の自作検波器)
金属の蒸着メッキにより作られるハーフミラーを用いた検波器。銀色にまたは半透明へと移行する質感が美しい。検波できるものは我々の身近にいろいろある。

また、歴史や回路の原理研究編を設けているというのも、この本の特徴です。

例えば、受信の際に同調回路がないと、放送局を選択することができません。そこでコイルとコンデンサーによって同調回路を作る。しかしなぜ、コイルとコンデンサーにより同調し、局を選択する回路ができルノか、・・・こういうことを調べようと思うと、工学の専門書に当たらなければならなくなります。結局、ぼくは文字よりも数字の方が多いような電子工学の本を読むことになりました。読みながら、少しづつ実験していくと、今度は、もっと平易な言葉に置き換えてみたいと思い始めたのです。

もちろん、今思えば、全く見当がつかない世界ではありませんでしたが、この工作編には予想以上に時間がかかってしまいました。

よく鉱石ラジオだと思われているゲルマラジオ(検波回路に鉱物の代わりにゲルマニュームダイオードを使う)については、このぼくも工作体験者でした。ただし、細かな作業がそれほど得意ではなかったし、デンキ屋(実家)のケンちゃんとしては、「ラジオは鳴って当たり前、鳴らなければ修理に出す」という感じで、学校の授業時間でもあまり真面目に作らなかった。そんなこんなで、中学へ入ってからはサッカーに明け暮れたという次第です。

少し遠回りをしたものの、20代になって意外にも音楽の趣味から鉱石ラジオへの道が再び開けてきました。バンド仲間とエフェクター(音質等に変化を与える電子機器)を作ろうと、秋葉原の電子パーツ売り場へ。やがて失敗しながらも、連日の秋葉原参りが続くうち、ついに電気の虜になっていきました。こうした体験を手掛かりに、今回の本について書くことができたのだと思います。

初心者にもわかりやすいようにと、結構苦労して書いた工作編は、ぼくが本当に伝えたいことへの、何らかのきっかけになっているような、そんな気がしています。

 

鉱石標本式受信機(小林健二の自作鉱石ラジオ)
検波できる鉱石を探しつつ思いついた標本箱タイプの鉱石ラジオ。タンタルの金属針を鉱物に触れさせていくと、検波できるものとできない鉱物があることがわかる。

超小型実験室型鉱石受信機(小林健二の自作鉱石ラジオ)
鉱石ラジオを設計したり実験するために必要な部品や教材が組み込まれた、待ち運び可能な小さな実験室。

超小型実験室型鉱石受信機(小林健二の自作鉱石ラジオ)
フロントパネルをはずして中に入っているものを出した時の様子。

超小型実験室型鉱石受信機(小林健二の自作鉱石ラジオ)
引き出しには実験用の鉱物各種。

この世の不思議を体験するため「趣味の時間」のすすめ。

どんなに忙しい人も、ぜひ「趣味の時間」と言える一時を持って欲しい。そして工作する楽しみを知ってもらいたい。取り組んで見れば、誰にもできるんだということを体験して欲しいです。

写真や図を見ながら、擬似的に工作を体験するだけでもいいのかもしれません。それでも、結構くつろいでもらえるはずです。

聞こえるはずのないと思えるものが、聞こえてくる不思議。放送が始まる当初は、本当に「デンパ」などがこの空中を飛んでいるのか、一般の人にとっては不思議極まりないものでした。通信関係の人でも、説明するのは難しかったのかもしれません。また当時は、ラジオはたいそう高価なもので、おまけに聴取料がバカ高い。今の一般家庭に例えてみると、一軒で数万円も払う計算になります。鉱石ラジオは材料さえ手に入るなら、それぞれ工夫して自作できます。その自作のラジオから実際に放送が聞こえて来れば、得をした気分だろうし、それ以上に、すごい感動があったはずです。聞こえるはずのない遠くの声や音が、鉱物というごくありふれて見えるものによって聞こえてくる!

実際に聞いた人たちは、日常の中に何か目に見えない神秘があるのだと感じたのではないでしょうか。

本来の「通信するこころ」を感じるために、目を向けたいものがあります。

本来、通信事業というのは、そのままでは届くはずもない遠くの人に、できるだけ早く言葉や思いを届けたいという純真な心に始まりました。ところが政治や経済に取り込まれるとともに、巨大化していったのです。そして現代においては、便利とうたわれる通信ネットワークという情報の海の中に「孤独の部屋の住人」を生み出し始めているようです。

鉱石ラジオを作ることは、遠くの声をもう一度手元に取り戻し、確信しようとする手段でもあると思います。それは人によっては、果てしない宇宙とか、限りある人生の意味を考えるための、深く尽きない材料を提供してくれるでしょう。とても他愛なく、世の中の確固たる力に比べれば、希薄で壊れやすくもある一つの受信機ですが、そういうものこそ、現在のぼくたちが目を向けるべき大切なこのの一つではないのかと思います。

スピーカーから聞こえてくるはずの音が、ある時聞こえなくなったら、耳を近づけ、ラジオの具合をうかがうでしょう。正常な状態に戻るには、自分は何をすれば良いのか、どうすれば役立てるのか考える。そういう係りの象徴として、鉱石ラジオのことを考えて見てください。こちらが作用しなければ聞こえない。だけど、こちらが係わっていけば、しっかり応えてくれます。

いつか縁あって、あなたが鉱石ラジオに出会うことがあったら、そしてその手にエナメル線やハンダゴテが握られるようになると、次はきっと、今度なぜ電磁波は存在し、また電気とは一体なんなのかを考えるようになるかもしれません。

宇宙の神秘に邂逅する、そのための何らかのきっかけとなることを願って、ぼくは「鉱石ラジオ」のことを多くの人に知ってもらいたく本を書きました。

小林健二

*1998年のメディア掲載記事より抜粋編集し、画像は新たに付加しています。

*この記事から想起した小林健二作品を二点紹介してみます。

 

「MUSIC IN MIND」小林健二
混合技法 mixed media 135X150X100mm 
(鉛色の箱に耳をあてると、かすかにオルゴールのような不思議な音楽が聞こえてくる)

「WIND OF MIND」小林健二
混合技法 mixed media 440X260X200mm
(上部のラッパ状の部分に耳をあてると、かすかに彼自作のオルゴールのような曲が聞こえてくる)

KENJI KOBAYASHI