砥石と研ぎ用具

余暇のある時や休日だけに出現するものであるにせよ、専用の研ぎ場があるというのは工作をするものにとって幸せなことです。自分なりに工夫を重ねながら研究を深めてゆくのは、何よりも楽しみを感じさせてくれるでしょう。

余暇のある時や休日だけに出現するものであるにせよ、専用の研ぎ場があるというのは工作をするものにとって幸せなことです。自分なりに工夫を重ねながら研究を深めてゆくのは、何よりも楽しみを感じさせてくれるでしょう。

研ぐということ

「研ぎ澄ます」という言葉があります。これはまさに刃物などを一点の曇りもないように研ぎ上げることを表わしていますが、同時に研ぎ上げている者の心までも澄みわたらせるといったニュアンスも持っています。実際、刃物がスッキリと研ぎ上がった時は本当に気持のよいもので、研ぎ上がってゆく過程でも心が少しづつ落ち着いてゆくものです。水で研ぐということが、とりわけ爽やかな印象を与えるのでしょう。これらの研ぎに対する精神的な側面について、我が国では独自の文化と考えがちなところがあります。しかし一般的には欧米においては普及していて、かえって日本の方が失いかけている文化といっても過言ではないでしょう。なぜかと言えば、単純に日本では刃物を研ぐという生活慣習が現在失われつつあるからです。只、このように「失われる」と書いてしまうと、悲しい事柄のように思えてしまいますが、これから趣味の工作を楽しもうとする中で、自分愛用の刃物たちを研ぎ上げてゆく経験ができると考えれば、ワクワクするところが多いでしょう。よく本職の料理人が刃物の仕立てが重要と言われるのは、単に切れ味をよくするという意味だけではないように、書家の人たちもまた硯に向かって墨を磨るのも、これから行う行為をよりイメージするのに重要なことと考えるのでしょう。まさに工作をするために刃物を研ぎ上げるということは、気持を整えたりウォーミングアップする上で、大切な準備となることでしょう。さらに付け加えて言うならば、研ぎをいつもしている人は刃物に触れ慣れているからか、刃物によるケガが少なくなることも事実です。また研ぎをする上でいくつか大切なことがあります。それは刃物の構造やその仕組みや働きを知ることです。ただがむしゃらに砥石で研いでみても、よい刃が付くわけではありません。それぞれの目的にあった刃物の知識と、刃が付くということはどういうことかという概念を理解することが重要になります。そしてまずは実際に刃物を研ぐための用具などの準備が必要となってくるでしょう。

簡易な研ぎ場を作る。

どのようにすばらし刃物や砥石、あるいはやり遂げようという意志があっても、それらが発揮できる状態にないならば、気持よく研ぎをすることはできません。そこで研ぎ場が必要となりますが、大掛かりな行動に出ると家族から追放される人もでてくるかも知れません。ですからあくまでも工作を楽しみながら少しづつ整えていくように考えてみましょう。だいたいどの家にもステンレスのシンクがあると仮定して、そこに掛け橋のように板で砥石をのせる台を作り、そこを研ぎ場とするのです。この方法はそれまで日本では研ぎは一般的に地面で行っていましたが、戦後流し場が普及してからよく使われた方法です。この研ぎ橋を作る上で一番考えなければならないのは、なるべくしっかりとしていて、砥石が動かないように固定できるということです。そしてまた研いだ後の研ぎ汁に含まれる石質の水分などがシンクの下のパイプを詰まらせてしまわないように、配慮することも大事でしょう。また、砥石について興味を持つ方がいても不思議ではなく、ぼく自身地質学的興味も手伝い、百種以上の砥石を持っています。しかし、ハナからこのようなところに足を踏み入れるのは、はなはだ危険なことなので、まずは人工の中砥(キングの800番~1200番くらい)を一本用意することをお勧めします。砥石の魅力について語るのはまた別の機会にまわすとして、とりあえず入手しやすいもので研ぎ場の環境を整えてゆきましょう。

裏押し裏出しについて

日本の刃物は独自な構造をしており、これは情報が世界に行き渡った現在、各国方面から注目されまた踏襲されはじめてもいるものです。それは大別して二つの要素があり、一つは地金と刃金という軟硬2種の鋼を合わせて作ってあるということです。この方法ですと刃金の部分をより硬くすることができ、また研ぎを楽にすることができます。すべてが硬い鋼でできていると、薄く作らなければとても研ぐことはできませんし、平面を保って研ぐにはジクを工夫しなければフリーハンドでの研摩は難しくなります。また柔らかい地金を厚くすることで、研摩面が広くとれ、刃の平面性を保ち研ぎやすくしますし、後で説明する「裏出し」のような技法も使えるのです。もう一つは「裏」があるということです。工作に使うのみや鉋の刃には「裏すき」という部分があって、それが刃物の定木面としての平面性を保ちやすくしているのです。ともあれ刃物の研ぎをすることで学ぶことは多く、刃物自身に最も近く触れる行為でもあるため、いろいろな面で感覚を高めてくれるでしょう。そして研ぎを上手に行うコツのようなものがあるとしたら、それは只々ゆったりとした気持で時間や手ごたえに逆らわないということかも知れません。無心とはまさにぴったりの言葉でしょう。

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もちろん簡単なオケなどの廃物を利用したり、工作の好きな方はこのような研ぎ桶を作ってみても楽しいでしょう。

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砥石に台をつける最大の理由の一つは、砥石を固定することですが、この例のように保管する時など砥石同志がぶつかって割れたりするのを防ぐ保護もかねる場合があります。右は薄くなった砥石に木を貼り足しています。

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また左のように幅がとても広かったり、右のようにかたまり状であった場合も台をつけることで研ぎを安定して行う工夫をすることができます。

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後で説明しますが、砥石の中には割れ易い種類のものがあり、そんな時は砥石の周囲をうるしなどで補強したりしますが、直接台木とくっつけてしまう方法もあります。

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仕上げ砥石の中には高価なものがあり、それらはまた比較的厚みが薄いものもあります。その場合何かの衝撃で割れてしまうので、台につけておきます。

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これは一つの趣味としての例ですが、箱状の引き出し付き砥石台です。箱全体はうるしで砥石とともに固めてあり、小さな名倉砥石がはめ込まれています。

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引き出しの中には和剃刀が入っていて、下の板を180度回転させると下板が大きくなって安定するように工夫しています。

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これは油砥石で、どこの国でも専用のケースや箱などに入れておきます。それは保護のためと油がにじんで他を汚さないためです。

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フタを開いたところです。左のような不定形のものは木をその形に凹型に彫り、丸いタイプは丸く切った板を砥石の形に地透きにしてへこまして皮を貼り、厚紙をうるしで固めてカバーとしたり、それぞれ自作しました。

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研ぎ橋の製作

それではシンクで使う研ぎ橋を作ってみましょう。あまりに簡単な工作について丁寧に説明しすぎるようにみえますが、いかなる高度な工作も結局はこのように簡単な段取りに分けることができると考えれば、難しい工作はなくなるわけです。まず適切な木の板を実際シンクに取り付ける位置にしるしを付けます。

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長さを切り整えた後、ひっかかりとなる落とし込みの部分をノコギリで切ります。切り欠きが多少ななめになっているのは、 シンクのフチが内側に少し傾斜しているのに合わせたからです。

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実際にシンクに合わせてみたところです。少しわざとらしいですが4-5mmほど隙間があります。これでは研ぐ時に前後の方向に力がかかるのでガタついてしまいます。

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そこで隙間の部分に木を足してみますが、接着剤を用いるならもちろん耐水性のものです。またやわらかい木を木クギで止めてもいいでしょう。その時付ける木は多少大きめにあつらえておきます。

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充分に接着剤を乾かしてしっかり付いているのを確認したら、ノコギリで出っ張った部分を切り落とします。

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このように少しづつゆっくりと工作していきましょう。いろいろな行程を実用的に急いで進めなくてはならないわけではなく、心ゆくまで気に入ったように仕上げてゆくことこそ趣味の楽しさでしょう。

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この出っ張ったところもそのままでもよいのですが、鉋やくぎ引き鋸などで平らにしてもよいです。

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せっかく付け木までしたのですからここでノミや鉋で削りすぎてはいけません。シンクに合わせながらゆっくりと作業しましょう。少し押すとぴったり入るくらいが適当です。

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次に上に乗せる砥石によって止め木の位置を決めます。砥石がいくつかある場合は一番長いものに合わせ、それよりも短いものはくさびで固定すればよいと思います。

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止め木を当てた位置にしるしをスコヤで付けた後、ケヒキで止め木の半分くらいの位置にしるしを付けます。

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研ぎ橋の上部に付けた止め木の墨線より内側にハの字になるようにほんの少し片方が狭くなるようにノコギリで必要な深さまで切り込みます。

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少し狭くなった方から広い方へと向かってノミで切り込んだところまで木を彫り取ります。

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最後はウスノミなどで仕上げます。

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止め木を仮に差し込んでその深さのところまでしるしを付けます。この時まだ止め木は長いままです。

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その線のところを多少くさび形になるように鉋やノミでわずかに削ります。作例では相決(あいじゃくり)鉋を使っていますが、このような工作専用のものです。

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加工が終った止め木をゆっくりと押し込んでゆきます。そして少し長め(2-3mm程)のところで切って面を取っておきます。

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全体の角ばったところの面も取って出来上がりです。砥石を研ぎ橋の上に乗せてガタがないかどうか確かめて、もし手を加える必要があったら、木を濡らしてしまう前に手を入れておきましょう。

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研ぎ橋が仕上がれば実際に使う砥石を付けてその砥面(とづら)を調整します。水をかけながら平面の出ている金剛砂砥石などで平らにします。

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専門に砥石の面直し用に市販されているものもあります。数本以上の砥石を持つようでしたら、このような砥面直しを持っているといいでしょう。

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さあこれで研ぎにいつでも入れる状態となりました。

裏押し

鉋については他にウラスキのあるノミ等と比べても、裏押しという作業は大切な研ぎ行程の一つとなります。つまり鉋身(かんなみ)の裏側をきちっと平面にしておく行程です。写真は上部左より竹製2つ、ガラス製2つでそれぞれ金剛砂が入っていて、次に全体の表面を整える砥石、水の入った器と匙、その下が金板でその下が押え木です。

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専用の金板が売られています。四隅に足のあるものやネジで下木に止めたりするものといくつかありますが、好きなものを求めましょう。

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下木は幅があると手が当たり使いづらく、高さはあった方が使いやすいでしょう。また金板のウラにはうるしやカシューを塗ってサビないように加工します。

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まず金板の表面を整えますが、砥石は中砥くらいの小さなもので充分です。金板と水となじませる意味もあります。

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金板が安定し動かないように手ぬぐいなどを水で濡らしたものを下にしいて、まず耳かき4-5杯くらいの量の金剛砂をとり、金板の上に出します。

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同量の水で軽くなじませておきますが、これからの作業がはじめての方は量を少なめにしたもので感じをつかむといいでしょう。只、もう一度作業する時はよく水洗いをし、残った金剛砂がないようにした上で行うといいでしょう。

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力を入れて裏押しはするものなので、刃先の方に力が行くように押え木を使います。最初は金剛砂もあらくザリザリっとしますが、除々に細かくなっていきます。この時なるべく途中で様子を見たりしないで一息に水気がなくなるまで押し切るのがコツです。

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裏が平面となり段々と鏡のようになって行きます。ゆっくりとなるべく均一に力を強くかけて行います。

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充分に平面が確保できたと感じたら、次に水だけでカラ押しをします。金板に先程と同じくらいの水を取り準備します。

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押し木を使う程ではないにせよ、少し力を入れて安定したストロークで時間をかけて、水がなくなり金板が多少熱くなるまでこの作業を中断せずに続けます。

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裏が仕上がった状態です。鏡のようになってそこに映り込んだものに歪みがなく、まっすぐになっていれば出来上がりです。

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刃の裏出し

写真のような裏になった鉋身を「裏切れしている」と言います。こうなってしまうとちゃんと木を削ったりすることができません。これをもとのような裏の状態にもどす一連の作業を「裏出しをする」と言います。

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用意にはレール台や金床のように安定した台となるもの、クランプなどの鉋身をとめるもの(慣れてくるとあまり必要はありません)。刃をいためない為の鉛やハンダなどの薄い金属板、ポンチとハンマーや玄能などです。

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ポンチやくぎしめの先端はあらかじめ鋭く研いでおきます。

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この裏出しの作業をハンマーで刃を打ちまげるように勘違いされている方がいますが、そのような方法でこの硬い刃を変形させることはできません。仮にまがっても後で割れてしまうことでしょう。あくまでも刃の幅の半分くらいから刃の近くまでの部分を軽く何回も少しづつ叩いていきます。この時刃の部分を叩くと割れてしまうので、決してしてはいけません。

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気長に地金の部分を叩いてゆくと除々にその部分が伸びて、鋼の部分を押す事で鋼が裏の方へと向いて行きます。

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ここまで出来たら裏押しをします。すると今まで裏切れしていたところに裏が出て来ます。この裏出しという作業はあまり出くわすことではありませんが、その理屈を理解しておくことは大事だと思います。

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砥石の割れ止め

これはとても顕著な例ですが、この砥石が頁岩(けつがん)のため、時によって天然砥石はあっさりと割れてしまいます。この他凝灰岩、砂岩などの砥石にも割れ易いものがいくつかあり、そのような場合は割れ止めを施すことになります。

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これはあくまでも割れ止めの一例ですが、側面を布とうるしで固めるものです。写真では地固め用にくいつきをよくするためのカシューの下地を用意しますが、最初の層は固めの一号の方がいいでしょう。

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竹や木のヘラで砥石の側面に押し込むようによく伸ばしていきます。一日くらいおいて乾いてはもう一度というようにして2-3度するといいでしょう。

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さらに数日完全に乾かしてから次の作業に移ると理想的です。また砥石の下面が平らでないものは、この時に歯科用の硬石膏などで平らにしておくといいでしょう。

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耐水ペーパーの100-150番くらいで丁寧に研ぎ上げていきます。

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この例では製本用の麻布を使いましたが、このようになるべく強くまた目の開いた布を幅に切り、部分的に瞬間接着剤などでとめておきます。

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カシューの下地二号くらいを隙間に押し込むようにヘラで塗っていきます。

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一回で塗りきろうとはせず、乾いたらまたヘラで塗り込めるようにしてゆっくりと丁寧に作業します。

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それが乾燥したら水とぎをして、次にカシューかうるしなどで数度上塗りをして出来上がりです。

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割れ止めをした砥石の例。上より浄教寺砥、伊予砥、小さな対馬砥、そして今回の例とした陸前東上砥石です。これらはそれぞれ多少割れ止めの技法が異なり、たとえば伊予砥は和紙をうるしで固めておこないます。

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一般的ではないかも知れませんが、ダイアモンドブレードを取り付けたバンドソーで、砥石を好きな大きさにカットしているところです。もう既に割れてしまったり小さくなってしまったものを用います。

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また専門的な機械を使用しなくても、水をかけながらゆっくりと金ノコで切っても薄いものなら簡単にトリミングできますし、最近では金ノコで使用できるダイアモンドブレードも売っています。

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好きな大きさに整えた砥石の上部は耐水ペーパーに木をあてておろすと、必要な丸みを出すことが出来ます。

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それらを適当な木の上に乗せ使い易い場所を決定したら、その幅で彫り込みます。この時あまり薄いものはピッタリの大きさに彫ると、押し込んで入れる時に砥石が割れてしまうので、後で接着すると考え少し大きめに彫っておきます。

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この砥石を木の板に付けるには、うるしに砥の粉を加えて練ったものか、エポキシ系接着剤を使います。その場合も砥の粉をまぜると流れることなくパテ状になり、また色みも合うのでいいでしょう。

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凸とともに凹も作りました。凹の形に砥石を整えるのは、ドリルなど丸い棒や丸めた板の端などに耐水ペーパーを巻いて行います。また当たって砥石が欠けてしまわないように木などでカバーを作るといいでしょう。

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研ぎ上がった後には油を引くことが大切です。研いだばかりの刃物は酸化皮膜がなくとても錆び易いからです。写真左上は弁柄(ベンガラ)と練った椿油を未晒しの綿にしみ込ませたもので、箸などで塗る伝統的なもので、スポイト付きの油びんや小筆を入れた油びんも重宝します。これらの場合は茶色のびんがよいでしょう。また竹などに油をしみ込ませたガーゼを丸めハンドルを付けたものは、研ぎ上げ後すぐにとりあえず油を引く時に便利です。

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また研ぎ上げの時にノミや鉋などの刃のまわりをきれいにするために、小さなウズクリ状のもので研ぎ汁にこの砥の粉を加えてまわりを擦るときれいに仕上がります。写真のものはパキンの切りワラです。

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天然砥石のいろいろ

 

小林健二(写真+文)2004年