万力やバイスはありふれた工具に見える。だがなかなか使いこなすことが多くはないようだ。そこで今回はバイスに一歩踏み込んでみることとしよう。
・アマチュアという幸せ
工作を趣味としている人でなくても「万力」という言葉から、物を挟んで固定するものだとたいていの方がイメージできるように思えます。しかしながらよほど工作室を持っていたり、本職であったりしないと、工作好きであってもその作業台に万力を常設している場合は少ないでしょう。もちろんそれにはいくつかの理由もあると思います。一つはもてあましてしまうケースです。例えば工作台にしっかりとボルドやネジで取り付けておくと安定して使いよい反面、出っ張った部分で側を通る時にぶつかってケガをするとか、作業台を広く使いたい時などじゃまになるとか、だからといって仮設クランプ付のものとなると使わない時の置き場所が難しいとか…。何より広い工場のような工作室で工作をしているホビーイストというのもあまりいなさそうですから、何となく万力と疎遠になるのもうなずけそうです。もう一つに実はこのバイス(英 VICE,米 VISE)というものは、日本の文化に入ってくる工作道具の中でも、最も新しいグループに含まれます。もちろん新しいとは言っても明治程の事ですが、只、文化に関わることがらや風習はそうすぐには変わる訳ではありません。この万力の本質的な構造部分である「ネジ」という概念がその一つです。明治まではクサビを用いて加工物を固定すること意外では、アクロバットのように足を使って押さえ込む、まさに本職だからこそ出来るような長い経験を必要とする方法が中心でした。ですから「ネジ」によって品物を強く押さえて加工するということが、あまりなかったと言っても過言ではないでしょう。もちろん柔らかな針葉樹を木工として使う我が国の伝統にとって、強く部分的に圧痕を付けてしまうことはよいことではなかったことも関係しているでしょう。またネジを使った万力やバイスを一般に広めてゆくのは、今で言う職業訓練学校のようなところでしたから、いかにも素人的な雑具として職人たちには感じられたかも知れません。また万力というともう一つ鉄工造船などの分野で輸入工具やそれを模したものを使用しはじめた、やはり明治の頃より仕事として万力を使う職人や作業員の中に、楽しみながら作業をしていた人はあまりいなかった様に思われます。カンナがけ一つをとっても世界唯一と言ってもいいくらい「引き使い」をする日本は、基本的に座位による木工が主体であったとも言えるでしょう。またそれは「ネジという概念」がなかったからとも言えるかも知れません。ともあれ、年季とともにしか手に入れる事の出来ない業をなりわいにした職人も、立万力で力強く鉄工をするうちに、おおよその人が難聴になったという作業員たちも、共にプロフェッショナルで以前はとても大変であったと思います。でも実際に木を切る場合など、大工さんのように足だけで木を押さえて切るよりも、バイスやクランプで固定すればたいていの人は楽しみながら上手に仕上げていけるでしょう。まさにアマチュア冥利です。広辞苑によればアマチュア(amateur)は、職業としてではなしに趣味や余技として携わる人。まさにバイスを使いながら平和な時間の中で楽しみながら工作をするというのは、アマチュアという幸せに他なりません。
・バイスを作る
万力やバイスは使用目的や頻度、あるいは求める精度や材料などによって、形や大きさや価格の違いが顕です。ですから購入する前に事前にいろいろとバイスについて知っておくことはホビーイストにとって有利でまた楽しいことだと考え、手持ちのものの中から以前この連載の中で既に紹介した以外のものをお見せしようと思いました。また自作による自分なりの工具として金属や木によって製作をするのにも、思いのほか行程があって、技術的にもよい練習となりますので是非挑戦してみてください。ぼく自身も必要に応じていろいろ使いわけていますが、今回、このようなバイスがあったらどうだろうという思いから、記事の事とはいえ作ることで勉強となった次第です。他にバイスの アゴ(ジョー)の角度が可変できるものや、透明なアクリルで作ったものなどもありましたが考えた以上に製作が難しいので、また何かの機会にお見せしたいと思います。皆さんも様々な自分に合ったバイスを見つけたり、自作の工具を作って楽しんでみて下さい。
マシンバイスの大きさによる象徴的な例。下の大きなものは25キログラム程もあり、小さな上に乗っているのは200グラムくらい。およそその質量では100倍を超える違いがある。
スピンドルバイスといってネジを持たないタイプのバイス。速締もでき品物をある程度挟んだ後、レバーのカムによりしっかりと固定する。口幅は80-150ミリくらいのものが多い。
立万力にも同じ様な事があり、さらに大型で作業台から地面まで足が付いていて、強い打撃にも応じる型のものもある。小さな方で口幅が2センチくらい。
アングルバイス。平面を0度とする上、直角や立てて品物を挟むこともでき、また旋回もできてボール盤等に固定して使用する。
速締万力。クイックバイスとも言い、左のカムによって右は台にも仮固定できる型のもの。ハーフナットをリリースするとネジを自由に前後させることができるが、その構造上廉価なものでは締付け強度はのぞめない。
テーブルバイス2種で比較的おなじみの工作用バイス。共に亜鉛及びアルミのダイキャスト製で左のものはテーブルが多孔質でなければ吸盤の作用によって軽くではあるが固定でき、右のものはテーブルにクランプで固定できる。共にいろいろ角度や方向に鋏口を可変できることから、ユニバーサルバイスとも言う。
ユニバーサルバイスの元祖とも言えるパナバイス。ベースやボディ、ジョーやヘッドをいろいろと組み合わせることができ、以前にも紹介した型ともすべて相換性がある。写真のものは14センチくらいのものまで挟むことができる。
一般的なテーブルバイス。只左のものはボディの部分が開くとともに後退し、ボーレ型とも呼ばれ比較的作業がテーブルの内側でできる分安定しやすい。右のものはジョーが前にせり出す型。本体を台に固定すれば安定しやすいが、開くとともに出っぱることに注意が必要。
バイスはやはり強い力がネジ部に受けるので、普通の60度ネジではなく90度くらいの台ネジ(台形ネジとも言う)がよく使われている。比較的古いもののネジはバイス製作の腕を見る目安となることが多い。
ミーリングマシンや他のTスロットのある固定台に取り付けるバイス2本。左のものはノッチ式で速締ができるタイプ。
一般的な木工万力。左のものは口金にあたる木を後ろにあるボロボロになってしまったものと今年取りかえた。右のものはタテ方向に口が向いているタイプ。
本格的な木工バイス。上のものはシリンダーバイスとも呼ばれ、口幅25センチで20センチくらいの太さのものをくわえることができ、旋回もできる。下のものはボルトで台の下に固定して使用する。今回たいていは撮影の為台からはずして見やすくしてあるが、台に固定しないと使うことはできない。
木工用の両口バイス。写真のものは50センチくらいのものまでくわえることができるが、もっと大きなものもある。主に木彫の時に使用する。下のものは大きさ比較用の口幅5センチくらいのもの。
ヤンキーバイス2種。上のものはゴムとアルミでできた磁石によって口金に付けることができるものが付いている。下のものは小型で口幅が3センチくらいでツールメーカーズバイスとも呼ばれている。
ハコ万力ともリードバイスとも言われるよく目にする型のもの。大きい方のものは口幅が10センチくらいで20キログラム以上もあり、小さなものはその20分の1以下であるが、形がほとんど相似形であることがおもしろい。
この口幅10センチのリードバイスに取付けると、シートベンダーになる付加工具。ステンレスの2ミリ厚でも楽に折り曲げることができる。
ステンレスの3ミリ棒ぐらいまでならベンダーとして曲げることができる付加工具。
構造は簡単だが、いざというのに使い易い。
通常万力は2方向の圧力によって品物を挟み固定するものが多いが、丸モノの固定には作業中に品物が回転してしまってキズを付けたり、強く挟むことで変形させていしまうことなども無いとは言えない。なのでこのように中古の旋盤のスクロールチャックを利用して、丸モノ専用のバイスを作ることができる。
市販の鋳鉄製のハンドルの中心に孔をあけるのにチャックバイスを使用している例。この場合取り分けハンドルレバーがチャックの爪にひっかかることでより安定している。
シャフトを固定するためのホローネジのため、ベタバイスで側面にタップの下孔をあけている様子。
以上の作業によって今までプラ製であった旋盤のテーブルストックの送りハンドルが金属製に変わったところ。
ネジ等の山をつぶしてしまわないため、木工バイスを使っているところ。この様な時片側だけに品物を挟むのではなく同じサイズのものを反対側にも挟んで使用する。
ボルトにスロットを入れているところ。古くなったチャックにハンドルを付けたものをバイスで挟み、さらに手をおさえて作業するだけで、仕事が安全で正確にできる。
小型旋盤用の刃物台に付けるタイプの小さなバイス2種。ちなみに左はエムコ社ユニマットSL用、右はアルトYD2500A用。このようなものはTスロットの幅がそれぞれにあるので、専用のアクセサリーが望ましい。
スタンレー社のコーナーバイス。
異なった太さを保持できるタイプのバイス2種。テーブル固定しなければクランプとしても利用できる。
特殊なTバイスの一例。このようなものは多種あり、それぞれキャップ部分をはずすとネジ部分の位置を換えたりすることもできる。
小型金属製バイス。左は昔のドレメル社。中はプロクソン社、右は精密級両口バイス。若い時に購入したものなので個人的な思い入れがある。
左はウオッチメーカーズバイズ。時計等の修理の時などに使うものだが、工作者の発想でいろいろと利用できる。他の二つはジュエラーズバイス2種。下のものは爪の位置や数をいろいろ変えることができる。
ジュエラーズバイスはリング状のもの等を安定してヤスリかけすることができる。
ロッキングプライヤーに取付けてバイスとするもの。
二つあれば長尺ものやたわんでしまうものなどを固定できる。
ハンドバイス。左の二つの木製のものは自作であるが、見るからに簡単に作れる。ケヒキの刃など研ぐ時など便利。右下のものは手万力として最も一般的な型だが、上のものは木のハンドルが付いていて品物を熱したりする必要のある時に使用する。
比較的精密なハンドバイス。
ピンをいろいろと差し変えて品物の形によって挟みやすくすることができるタイプ。小物のヤスリがけや加工に役に立つ。
ハンドバイスの一種だが共に線や棒をそのまま貫通させて使用することができる。上のものは3ミリくらいまでの金属棒を、下のものはワイヤーを切らずに加工する時に使う。
バイスのネジの部分とバンドルの部分が共に孔があいている構造となっている。
いかにもオモチャみたいな樹脂製のハンドバイス。しかしアクリルのようなものをキズ付けずに保持できる。
ピンバイスのいろいろ。右上の2点はマイクロバイスでリングを押し上げ挟む。一番左は木製のハンドル。左より5本目は角度を可変できる。
ピンバイスには、針やドリルの他にカウンターシンクやブラシなどを使うことができる。左は小ネジをホールドしているマイクロバイス。そのとなりはマイクロリーマを取付けている。
バイスのような働きをする一例。左は強い球体磁石によってピンセットを様々な位置で保持できるもの。右のVブロックホルダーを二つ使用すると棒などの加工に便利。
かつて溶接をする時にたまたま拾っておいた鉄のチャンネル形のものに16ミリのタップを立て、即席に作ったバイス。工作者の目的に応じてその都度工具が作れると工作の技術の勉強にもなる。これは30センチくらいのものまでを挟むことができる。
仕事場にたまたまあった材料でバイスを作ってみることにする。
ベースの板に下からサラネジ用の孔をあける。
15ミリのアルミの角材を前中後と分るようにして作業をすすめる。ネジは3/8インチ。
中の部分が可動になるため、ネジの一部をサラってホローネジでカラ回りする構造となっている。
ジョーは15ミリの丸棒を切り、一部を平らにしてスチールの棒を叩き込んである。
今回使っているホローネジは4X4ミリだが、使用する部分によっては長さをもっと短くしないと上のジョーにあたってしまったりするので、加工せざるおえない。
そんな時にもこのようなピンバイスがあればヤスリやグラインダーで簡単に作業できる。
それぞれのパーツを加工した後、組み立ての時に何度となく調整をしないと最初から最後まで同じ力でネジが回ってくれない。
完成のようす。両サイドの棒によって可動部分をしっかりと安定させている。口幅65ミリ最大間50ミリ程。
ジョーがその品物の形に可動するので変形なものでも保持できる。
これは5ミリ径ステンレスの押しピンを利用して、異形物をくわえられるように作ってみたもの。ベースのサイズが95X45ミリ程。
12個の5X10ミリの孔をあけるのは油を使いながらバイスによって固定しなくては、ボール盤でもなかなか大変。スピンドルバイスを使っている。
木のバイスを作ってみることにした。ボルトは10X65ミリ。板はかつて安く購入しておいた厚3X幅10センチくらい、長さが50センチくらいのやたらと堅い木。自作の木ネジとそのトモ材。
丸棒から木ネジを作るための面トリの工具たち。もちろん無くてもかまわない。
見やすいように太い丸棒で作ってみる。やはり両端に同じ径のものを挟む。
ダイスが入りやすいように先の部分の面をとる。
ダイスはゆっくりと平行にまわしてゆく。
木ネジができてゆく。
アンティックな木ネジ用タップとダイス。古いものでもそれぞれのサイズがあっていれば使用できる。
最近D.I.Y.ショップでもこの様なものを見かける。16-38ミリくらいのものが5種類くらいあるようだ。
タップを立てている様子
メネジができた様子
ぴったりとオネジとメネジができたところ
また電動工具のトリマーに60度のトンガリビットによってオネジを作るもの。ホルダーは自作してあるが中心の黒い部分がダイスと同じ役をするところ。ホルダーのところをクランプやバイスで固定して使用する。
左から27ミリ、21ミリ、 14ミリ(本来はインチ)くらいのもので上の黒いのがダイスにあたる部分。それぞれ下孔用ドリル、貫通タップ、突止タップ。
それぞれを木取りし切断して荒加工しているところ。ベースのアリ溝は可動部分の浮き上がりや横ズレを止めるためハンドルの製作は旋盤を使わせてもらった。またオネジとメネジは硬すぎる本体とは違い同じ材でないとまずいので、ブナをメネジの部分にうめ込んで使った。
ハンドルとオネジの接合の様子。
ボンドだけではこころもとないので、テーパードリルで下孔をあけ、木くぎで固定した。固まった後糸ノコで余分な部分は切り取る。
可動部分の下部のアリのところから孔をあけ、オネジの部分にマーキングする。
コッパで作ったジグで木工丸ヤスリで溝を作る。
ジグとその仕上がり。また下から押さえる棒も頭を同じようにまるめておく。
それぞれのパーツが仕上がったところ。空回りするところやネジの部分にはロウを塗っておく。
色を合わせたりしてワックス仕上げででき上がった様子。台はそれぞれボルトだけで取付けてありボンドは使っていない。口幅10センチ最大間16センチ程。
小林健二(写真+文)2006年