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メッキ液を作る

いざメッキをしてみようと思っても、いちばん必要なメッキ液が今は入手するのがむずかしいようです。そこでニッケルメッキ液の作り方を紹介したいと思います。使用する薬品は特別危険なものもなく、比較的安価で、試薬屋か薬局で入手出来ます。

薬品は左からクエン酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、次亜リン酸ナトリウム、硫酸ニッケルで、手前はPH(ペーハー)試験紙です。

それぞれの薬品は粉体です。

クエン酸ナトリウムは細かな白い粉です。硫酸アンモニウムはやはり白くもう少し荒い、ちょうど食卓塩という感じです。次亜リン酸ナトリウムは無色のザラメといった感じです。硫酸ニッケルは美しい青緑色の細かめのコーヒーシュガー状の粒体です。

用具としては写真のように天粋、メスシリンダーあるいはビーカーなど薬品や
液体の量の計れるもの、攪拌棒、スポイト、紙コップやガラスコップが必要です。中央のポリのビンには蒸留水が入っています。

小さなビンにはPHを調整するための水酸化ナトリウムの溶液が入っています。(100ccの水に100gくらいの水酸化ナトリウムを濃いめに溶かしたものです)。

まず下準備をします。これはニッケルメッキ液1リットルを作るための分量です。

写真の左から、
1, 1リットル以上入るカップに水400ccを入れたもの。
2, 次亜リン酸ナトリウム16gを水80 ccに溶かしたもの。
3, 硫酸アンモニウム60gを水170 ccに溶かしたもの。
4, クエン酸ナトリウム60g(粉体のまま)
5, 硫酸ニッケル25gを水100ccに溶かしたもの。

これらの水溶液を作る際には、攪絆棒でゆっくりと液をまぜながら溶かしてください。特に硫酸ニッケルは溶けるのに時間が必要です。

準備ができたら1のカップに2を入れ、そしてよく混ざったら3、4、5と入れて行きます。4は粉体のままですからよく溶かしてください。

粉体のものはよく溶かしてください。

全体がよく混ざったらしばらくおいてからPH試験紙で状態を見ながら、水酸化ナトリウム溶液をスポイトで加えていきPH9になるように調整します。

全体がよく混ざったらしばらくおいてからPH試験紙で状態を見ながら、水酸化ナトリウム溶液をスポイトで加えていきPH9になるように調整します。その後、カップの目盛りがちょうど1リットルになるように水を加えます。

はじめ緑色っばかった溶液は、PHが調整されると深い青色になります。

できあがった溶液は密封容器に入れ、直射日光にあてないように保管します。

*せっかくですので、メッキをする方法も下記します。

メッキをする

ここではニッケルメッキのやり方を紹介します。

写真のうち、左上が電源です。これは自作したもので定電圧電源といって電圧(直流)を変化させることが出来るもので、これがあると便利ですが、使用する電圧はせいぜい1~ 3V位なので単1の電池でも十分です。その右横はヒーターで、液温を上げるのに使います。いちばん右がニッケルメッキ液で、濃い青緑色をしています。
その下が自作のヒーターコントローラーでヒーターの温度を調整するのに便利ですが、液温が上がりすぎればその都度スイッチを切っても同じなので無くてもよいでしょう。
ステンレス製のバットは、ホーロー製のものやビーカーでもかまいません。その場合は針金や100円玉を電極に使います。そのバットの上のが木やガラス等の絶縁性の棒でメッキするものをつるすためのものです。

メッキをしようとするものは針金でつるし、重なり合ったり、くっつきすぎないようにします。

ここではつるす棒は使わず、バットの底にガラスの板を入れてあります。バットにはニッケルメッキ液を入れ、コンロのスイッチを入れ90℃ 近くまで(ただし沸騰しないように)液温を上げます。)

本来だとこのままでメッキはできるのですが、電池もしくは直流電源で2V前後の電圧を印加してあげるととても早くきれいにできます。その場合、メッキをしようとするものをマイナス(― )の極、液の方をプラス(+)極とします。するとさかんに泡が品物のまわりから出てきますが、あまり著しいようなら電圧を下げ、少ないようなら上げてみてください。

電圧を変化できないときは、液温を上げ下げしても同じです。そして時々取り出してみてください。

写真のものは10分前後で十分にメッキができました。またメッキをしようとする品物が大きくなればなるほど、電圧は高い方がうまく行きます。

メッキをした後、自作鉱石ラジオの部品として使用した例です。

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集しております。

KENJI KOBAYASHI

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小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]review

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]2017,9/9-30 ギャラリー椿(東京京橋)
案内状の作品とその作品に添えられた文

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会場風景

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会場風景

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会場風景

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会場風景

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会場風景

小林健二(ギャラリー椿にて)

小林健二個展[IYNKUIDU TFTWONS]会期中にトークショーが行われた。

9月16日(土)17:00より

テーマは「こころの中の風景」

前回でも少し紹介したが、今回はもう少し詳しく書き起こしてみました。ギャラリー椿のオーナーである椿原さん司会のもと進められたトークショー。以下敬称は略します。

ギャラリー椿はメインルームとGT2の2会場で構成されている。GT2ではギャラリー椿での小林健二最初の個展の案内状に使用した作品を展示。右側にその時の案内状も飾られていた。

椿原:健二くんの最初の個展は彼が26才の時で、その時は自漉紙の作品。今回GT2にその時の作品を1点展示しています。前回の展覧会からも9年ぶり。今回の個展タイトル[IYNKUIDU TFTWONS」とは?

そして今回展示されている作品は不思議な形をしているものが多い。

小林:ぼくの作品を見て「これなんですか?」とか「何を見て描いたんですか?」と聞かれることがある。具体的なものを見て絵を描くってこともあった。

18才の時に家を出て自活を始めるんだけど、会社に勤める能力もなかったし、ぼくはこういう風に生きていくことしかできなかった。

子供の頃から絵を描くことは好きだった。さらに不眠症だった。それは今でもそう。人が寝入っている夜に自分は眠れずに悶々としていることもある。夜に寝れてないから次の日は疲れていて、ベットに横になると知らずウトッとしたりする。その半ば夢と半ば現実の間の時に、現れる風景がある。それはえてして同じ街だったりするけど、いつもは右に行くところを今度は左に曲がってみようとか思っていると、初めての風景に出会ったりする。ベットの横にはノートがあって、そんな風景をなんとか思い出しながらエスキース帳に書き留めている。

それを絵に描いてるからこんな風な絵になる。だからぼくには説明はできないものばかり。実は自分がその夢の風景にもう一度出会いたいと思っているから作品にするのかも知れないね。

小林健二作品「still」2011

今回展示した「still」はメソポタミアのジグラッドから風景を思い起こしている。この作品を描くきっかけになったのが、東日本大震災。ぼくのいた東京小石川もすごく揺れて、思わず外に飛び出したら、向かいの高層マンションが捻るようにギュッギュッと揺れていた。そしてあの津波の映像。ぼくはどうしていいかわからず、何か自分に出来ることはないか、と非力を感じる日々を送っていて・・・そしてどうしょうもない気持ちになってあの作品を描いた。

今回の案内状の作品は似たような風景だけど、あの風景は夢で出会ったもの。不思議な荒野で遺跡のようなところに夢の中で辿り着く。そこで目にしたものが一連の今回の作品群になっています。

その荒野に僧侶のような人々が後ろ向きに座っていて、知らない言語で何か呪文のようものを唱えている。それが「イィヰンクイドゥ トゥフトゥウヲンズ」ぼくなりにスペルにすると「IYNKUIDU TFTWONS」。でもその時はこんな文字で示されている。

小林健二作品[IYNKUIDU TFTWONS]より
右下に不思議な文字のようなものが見える。

小林健二作品[IYNKUIDU TFTWONS]より

小林健二作品[IYNKUIDU TFTWONS]より

小林健二作品[IYNKUIDU TFTWONS]より

椿原:今回の個展テーマについては分かったけど、これまでの展覧会タイトルも造語だったりするの?例えば作品集のタイトルも「AION」だったり「ILEM」だったり・・・

小林:全てが造語って訳じゃないです。例えば「AION」はグノーシスの言葉で「私たちはどこから来てどこへ行くのか?」という文章が知られているよね。

「この世ってなんだろう?」ってことを考えていたいし、それがぼくのライフワークなんです。二度と悲惨な戦争なんて起きないようにと願っていながらも、世界のどこかで戦争は絶えない。クロマニオン人から現代人にいたり、 ラスコーやアルタミアの壁画があって、日本なら縄文時代があり弥生、飛鳥・・・歴史ってなんだろう?ってこととかも。

 

椿原:作品の中にはローマ字表記で読もうとすると読めるものもあります。今回の案内状の裏面に書かれた文を読んで「健二くんは詩人だなぁ」と思った。作品中の文章にも共通するけど、作品全体に詩心を感じて、見ていると安らいだ気持ちになる。

健二くんの作品にはあたたかくて柔らかくて、染み入るようなものを感じる。それが魅力のように思う。自分も海外に行って海外の作家の作品を見る機会が増えて思うのは、作品に社会性やメッセージがあること。健二くんが15歳の時に描いた作品(「AION」の冒頭に掲載されているもの)は醤油で色付けされた画用紙に怪物のようなものが描かれた絵。そこに添えられた文章に、その海外の作家と共通するメッセージ性を感じる。

そして健二くんの作品にはいろんな素材や技法が使われている。

「彼は一番強い生物。何故ならものを悩んだり、企んだりする脳を持っていないから。彼は一番強い生物。何故なら光の力をそのまま自分の血や肉に変えているから。彼は一番弱い生物。思いっきり愛することのできる重いハートを、4本の足で支えなければならないから。」
小林健二(15歳の時に描いた絵)

小林:例えばヒエログリフは読めないから意味がない訳じゃないと信じたいし、詩っていうものが形になって絵のようになったり立体的な作品になったり、音楽になったり・・・

ぼくの場合、自分のパレットの上に色のある絵の具ではなくて、いろんな物質が乗っているって感じ。イメージしているものにできるだけ近づけたいという思いから、その都度素材や技法を選んで行って、音楽も同じで、作ったものを今回も会場に流している。

小林健二作品「IYNKUIDU TFTWONS]より

小林健二作品[IYNKUIDU TFTWONS]の部分。光をあてると淡いピンクに。

椿原:これはなんだろう?禅問答じゃないけど、それを問いかけながら健二くんの作品と対峙する、そんな場が展覧会なんだね。

いつもは健二くんは体があまり丈夫じゃないから、作品搬入が終わるとぶったおれていて、入院したりすることもある。いつも「これが最後かもしれない」っていう気持ちで製作しているんだよね。でも今回は意外に元気なんで安心した(笑)。

小林:一応1週間後にトークがあることが決まっていたから、気をつけていた(笑)。それに一年前に個展が決まっていたから、一年かけて取り組んだのもある。でも作品製作が作業にならないように、ぼくの中ではテーマ作りに苦しい時期もあった。

 

*この後、作品をゆっくりと観れる時間が設けられました。展覧会の動画は下記をご覧ください。

KENJI KOBAYASHI