そんなところで鉱質の結晶たちは安らいでいるのです。この至純な眠りの国では絶え間なく美しい夢が紡がれ、まるで目には見えない不思議な情報に促されるように彼らはその姿を現わしてゆくのです。
この成功も失敗もない世界に於いてはまた、争うことも競いあう必要もありません。
ただ、この宇宙に流れている秩序の方向にその存在の軸を一つにしているのです。迷いやためらいもない穏やかな時間の中で夢を見続ける、それが彼らをまた祝福しているかのようです。
地質学的堆積の範囲を越えて、この地球の意識が発芽して花を待つような、いじらしくも壮大なこの一連の素敵な事実はまさにこの星、地球に咲くものたちを創ったのではないでしょうか。
この小さな冊子に於ける私の期待は、鉱物とその仲間たちの姿を通して人の世に生きる皆さんが何かを見つけてくれるのではないかという事です。そしてそれは鉱物学や結晶工学の話しではなく、また尖鋭的でも奇抜でもないあたりまえの方向の事としてなのです。
この彼らの営みは分子のレベルの緻密なものでありながらも、有機的でゆるがせなものであり、天然の力を受けとめているその光りは、自信というよりは遥かに静かで確かな輝きを持ってはいないでしょうか。
たおやかで静謐なその世界に触れるとき、いかなるものとも共和できる宇宙の資質を感じ、また私たちの心の深いところに潜んでいる善意の流れと源を同じくしているのではないかと感じたりするのです。
鉱物の結晶を見ているとまったく同じものに出合うことはありません。それは私たち人間がまさにそうなようにです。でも共にその背景には見えざる共通の願いがあるような気がしてなりません。この冊子を手にとってくれた皆さんに私が届けたい言葉があるとしたら、それはきっとこんな事なのです。鉱物たちだけではない、あまねく命の結晶とともにあなたは今、この地球に咲いているのです。
[Flowers inside the earth-from the mineral specimens of Kenji Kobayashi-地球に咲くものたち]
初稿1997年 小林健二
Photo by Kenji Kobayashi(撮影:小林健二)小林健二の鉱物標本室よりNo.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.7 No.8 No.9 No.10 No.11
今後、鉱物標本写真は随時アップします。
はじめまして、ピンタレストという画像検索アプリからこちらに辿り着きました。
初心者なのでさすが、美しい鉱物?の画像を集めているうちに、鉱物がまさに「咲いている」と感じられたり、それぞれの有り様があまたの人の有り様のように感じられたりして、長年鉱物?を見つめ続けてこられた小林様の綴られている言葉がしっくりと感じられました。
地球とともに長い時間を過ごした「彼ら」から静かな言葉すら聞こえてきそうな気がしました。
素敵なお写真と文章を見せていただきまして、ありがとうございました。