「見えない」領域が見えてくるカタチ

色とりどりの瓶、様々な形の鉱物、世界各国の工具、膨大な書籍・・・・

小林健二のアトリエは、まるで宇宙の真理を探るマッド・サイエンティストの研究室のよう。訊ねれば、瞳を輝かせて油彩絵の具の製造法から最新の電子工学、聖書や戦没者の遺歌まで話が及ぶ。

「ぼくが好きで調べているだけ」と断りを入れながら、「人間は、長い歴史の中で天然の”もの”と対峙するための手続きをひとつずつ発掘してきた。だけど現代は、便利さに目を奪われて結果しか見ない。それが、どんなに地球と人間自身を損なっているか・・・」。

安易に浪費する一方の現代社会への危機感をにじませる。

1999年頃の小林健二アトリエ(執筆するための部屋の一角)

1999年頃の小林健二アトリエ(執筆するための部屋の一角)

1999年頃の小林健二アトリエ(絵画材料の一部、樹脂や溶剤など。研究資料としても海外から取り寄せたものも並ぶ)

1999年頃の小林健二アトリエ(絵画材料の一部、樹脂や溶剤など。研究資料として海外から取り寄せたものも並ぶ)

1999年頃の小林健二アトリエ(鉱物標本も箱にしまってあるものの他に、実際に仕事場に飾ってあるものも多くある)

1999年頃の小林健二アトリエ(鉱物標本も箱にしまってあるものの他に、実際に仕事場に飾ってあるものも多くある。左側に執筆部屋が見える。)

1999年頃の小林健二アトリエ(車庫を改造して作った書庫。天井まで続く書棚には古今東西から集められた書籍の数々。)

1999年頃の小林健二アトリエ(車庫を改造して作った書庫。天井まで続く書棚には古今東西から集められた書籍の数々。)

彼は一番強い生物。何故ならものを悩んだり、企んだりする脳を持っていないから。彼は一番強い生物。何故なら光の力をそのまま自分の血や肉に変えているから。彼は一番弱い生物。思いっきり愛することのできる重いハートを、4本の足で支えなければならないから。」 小林健二(16歳の時に描いた絵)

「彼は一番強い生物。何故ならものを悩んだり、企んだりする脳を持っていないから。彼は一番強い生物。何故なら光の力をそのまま自分の血や肉に変えているから。彼は一番弱い生物。思いっきり愛することのできる重いハートを、4本の足で支えなければならないから。」
小林健二(16歳の時に描いた絵)

新橋生まれの東京人。幼い頃から博物館に通い、古本屋に出入りしていた。16歳で現在の思考の原型となるインク画を描き、20歳より本格的な創作活動に入る。

心根では人間に対する興味と敬意を抱きつつ、日常では人に会うのが苦手だという。

もの作りに精通した小林の表現は、実に多彩なカタチで現れる。

絵画、立体、大がかりなインスタレーションなど、美術分野だけでなく、詩や音楽も作る。電波を受信するとガラスドームの中の結晶がささやくように明滅するラジオは「ぼくらの鉱石ラジオ」(筑摩書房)を著すきっかけとなった。あらゆるジャンルを横断しながら、すべての作品が、確かに小林健二の手から生まれたという印象を放つ。言葉に置き換えるのは難しいが、世界の根源にアクセスするキーワードのようなものとでも言おうか。

たとえば、東京での新作展では、古い地層から発掘された土器か、未来の機械の部品のような品々が並んだ。作品として”見える”ものは、ささやかで親しみ深い姿形だが、同時に太古の物語や未知の文明など”見えない”領域へ、見るものをの想像力を無限に刺激する。

小林健二作品「夢の授業の出土品」

小林健二作品「夢の授業の出土品」

「夢の授業の出土品」 ぼくは夢の中で小学生のような授業に出席している。先生はムラサキ色とピンク色で、屋外へ出て過去を発掘する実習をするという。地面のいたるところから土器のような焼成物が出土するが、少しもいたんでいないようだ。ぼくの知らない時代や文化のものだが、文字があるものもある。先生はいつのまにかミドリ色になって「確かにその世界は存在している。ただ誰にも見えないんだ。」というような事を言って授業は終わる。

「夢の授業の出土品」
ぼくは夢の中で小学生のような授業に出席している。先生はムラサキ色とピンク色で、屋外へ出て過去を発掘する実習をするという。地面のいたるところから土器のような焼成物が出土するが、少しもいたんでいないようだ。ぼくの知らない時代や文化のものだが、文字があるものもある。先生はいつのまにかミドリ色になって「確かにその世界は存在している。ただ誰にも見えないんだ。」というような事を言って授業は終わる。

小林健二個展「6月7日物語]

小林健二個展「6月7日物語]

「大事な事は、見えないところに潜んでいる。見えるものはひとつの結果に過ぎなくて、見ようとする意志が大切なんだ。ぼくの作品に出合った人それぞれがイマジネーションを広げ、自分の中を探検し、その人なりのものを見つけられたら、そんな素敵な事はないさ。」

これは、流行や虚栄や権威に惑わされ、かえって孤独に陥っている現代人への、小林の祈りに近い想いなのかもしれない。

「アートに力があるとすれば、お互いの価値を認め合い、みんなで話し合える場になることじゃないかな。そうなれば、人は誰も独りじゃないさ。」

鉱石ラジオが受信した音のように、彼の想いは密やかに心に響く。

*1999年のメディア掲載記事を編集抜粋し、画像は新たに付加しています。

Kenji-Kobayashi-Library from Kenji Channel on Vimeo.

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KENJI KOBAYASHI

 

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