[透質層と透明体]+[XEDIA]+10/5のギャラリートークについて

「透質層と透明体(9/21-10/19)」開催期間中に作家からの話を聞きたいとの要望が増え、急遽10/5にギャラリートークが企画されました。

小林健二個展 [透質層と透明体] Gallery TSUBAKI
小林健二個展 [透質層と透明体] Gallery TSUBAKI
小林健二個展 [透質層と透明体] Gallery TSUBAKI
10/5ギャラリートークの会場 Gallery TSUBAKI

今回も小林健二による不思議な世界が画廊に現れ、素材感を忘れさせてしまう風景が表出されていました。それでもよくよく作品を覗き込んでみると「どうやってこの透明感が表現されているの?」「いろいろな形を持った透明体は何?」「透明と言っても一種類ではないのが不思議」

小林健二作品
小林健二作品[透質層と透明体]部分
小林健二作品[透質層と透明体]部分
小林健二作品[透質層と透明体]部分
小林健二作品[透質層と透明体]部分
小林健二作品[透質層と透明体]部分
小林健二作品[透質層と透明体]部分

私たちの生活の中で透明なものと言ったら「水」を思い浮かぶかもしれません。人によっては「ガラス」や「プラスチック」?でも比べてみるとみんなそれぞれに透明なもの・・・大きな括りの中に存在する透明なものたち。

小林健二作品[透質層と透明体]部分

小林健二が好きなものをあげるときに「水晶」や「クラゲ」と言ったものがしばしば上がります。

そして「透明なものが好き」と話します。まさに好きなものがテーマとなっているこの展覧会だから、作品からはゆったりとした無垢な雰囲気が漂っている、勝手にそう感じていました。

小林健二作品 [遥かな花を眺るままに] 2019
[遥かな花を眺るままに]作品を斜めから見てみると、透明、半透明、そして黒く描かれていたと思っていた部分は表面が削られて現れた下地の色彩、銀色にも見える。
小林健二作品[透質層と透明体]部分
近いところ
遠いところ
とても遠いところまで
全部同じ
(作品の下に描かれている記号のように見える文字?の意味ということです)
作品の凹んで見えている部分は実際に凹んでいて、キャンバスに描かれているこの作品はとっても不思議!
小林健二作品[透質層と透明体]部分
EMPTY
ANNULUS
PARITY
BEGINNING
TIME
MATTER
MAIND
(作品の下に描かれている記号のように見える文字?の意味ということです)


ギャラリートークでは透明な素材を加工するのに使用した小林の手道具などがテーブルに置かれ、多分それは本人が安心材料として持参して来たとも思われます。

綺麗に仕立てられているその道具についての話にたどり着く前に、質疑応答によりあっという間に予定の2時間が過ぎてゆきました。

今回の作品はやっぱり実物を見ることが大事と思えるものばかりでした。印刷物や撮影したものではとても感じ取れない、奥深さがありました。

同時開催された、小林健二個展[XEDIA] GT2
同時開催された、小林健二個展[XEDIA] GT2
同時開催された、小林健二個展[XEDIA] GT2

*会場に貼られたパネルの文章(標本仕様のXEDIA作品に付く小冊子より)

XEDIA

ケノーランドは絶対年代として、新太古代に存在していた超大陸である。

その後大陸の移動の分裂接合によって形成と破壊を繰り返しながらも、一部は近現代に至ってもなお盾状地(じゅんじょうち)として残っていた。この台地が最初に人間の歴史に記されたのは1612年にオランダの五人の登山家たちによるものだった。その台地の四面がほぼ垂直に切り立っているために当時は山頂部の状況は観測できなかったが、1860年代に地上より測量されおよそ標高3500m、四辺がそれぞれほぼ7kmである事が確認された。1930年代の偵察機及び空中写真術の発達により粗方の地図の作製を開始したものの、作業はその上底部が一年の9割近くを濃霧が立ち込めている事に依って難航し期間を要した。但し一部に800m位の滑走路として使用出来そうな平坦な場所が見つかった。当初それは光を強く反射する事から不安定な氷原とも考えられたが観測の末に着陸可能な場所として判断される。その後世界情勢の不安などの諸事情により1950年代初頭まで研究は中止されていた。1955年フランス及び英国によって結成された第一次調査隊によって辛くも着陸に成功したものの表面の薄雪により機体が安定せず、当日中に下山を余儀なくされた。その際その高地の滑走路を「奇妙な場所」としてパイロットたちはXedia(キセディア)と呼ぶようになった。1957年の第二次調査隊はそれまでの情報を精査していた為、登頂着陸に成功し38時間に及ぶ調査を終えて無事に帰還した。永い間その聳え立つ架空台地は外界との遮断によって、独自特別な生態系を持っていることが報告された。1960年代、各国の調査隊は発達した航空機、高山装備によって続々と新たな種の動植物及び鉱物を発見し、それらは一部の機関の耳目を集めたが資源確保、生態系保全の観点より1965年3月4日より公開を前提として、国連主導のもとWWF(世界自然保護基金)なども参加して本格的な調査研究が始められる。それにより1967年5月までに動植物等およそ6300、鉱物70余の新種が報告された。

しかし世界を最も驚愕させたのは人類、もしくはその亜種によって製作されたと思われる土器様の発掘物の発見であった。その発掘場所は暫時滑走路として使用していたキセディア地区であった。

発見のきっかけは着陸後の機体を整備点検していたパイロットが、航空機のタイヤの轍の下に氷のような透明な部分を見つけ、その下に何かが埋まっている事を知らせた事から始まった。

キセディアは直ちに規制され、急遽IARF(国際考古学研究機関)よりスウェーデン隊、日本隊が派遣された。これら出土品には特徴があり第一には、大きさが約10mmくらいから60mmくらいに収まり、分布状況が1.25mの正方面に意図的に配置されていること。そして第二には放射性核種、蓄積線量を検出できず、さらに熱残留磁気、地心双極子にも応答せず、これらの製作年代はまったく測定できないということだ。また、これらの発掘状況の全体像が把握しづらかったことは、この脆弱な人工的製作物は約20cm石英状硬透質の珪酸層に堅く包まれている状態にあったため、目視できても対象物を破損せずに回収することが技術的に障壁となり、一般には全ての状況は開示はしないまま次第に研究者の極度の体調不良、遅疑逡巡、意欲減退、各國の成果より資金不足及び世界情勢が再び混乱した事といった理由から1972年までに各国によって報道管制なども敷かれ、半ば強制的に再び「前世紀の闇中」にまで押し込められ忘れ去られていったのである。

(以上は大略で他は専門的な分野での仔細な報告となっているが判りづらい故に省略。)

共に付されている当時の報道の断片などを見ると、今にして思えば、この終焉には謎や疑問が多く残った。そもそも世界的な規模によって始められた研究計画がこの様に人心から消え去るものであろうか。そして特殊な考古学的発見に要因すると見られる一連の出来事が、他の貴重な諸々の研究までも中止に追い込んだという事なのか?確かに考古学隊のみ幻覚を伴う意識障害が重症化したと言う事柄は、その標本に直接触れた者だけの事であり、標本に付着した有毒物質や未知の原虫、細菌の感染も疑われていたからなのか。すべての研究に携わった者たちの沈黙に加えて、大国の政治的関与も囁かれる中でもあったと云う事だ。

ノートの断片よりー

ーかつてここに居たものたち・・・

硝子の大地に幻影を封じて

自らは何の心残りのないかのように

跡形もなく消え失せてしまった。

かつて 人格を持つ唯一の神などを求めず

岩や山、木や森、海洋を崇敬していたのだ。

大宇宙と意識を共有し

流れの中に記憶の種子を残していった・・・

宇宙には目的がある。

人間には計り知れない目的だが

それは穏やかな川の流れのようなものだ

それらは身を浸したとき、争いも競うことも不要になって

それほど多くを持たないまでも 

正当に命をまっとうできると伝えている。

小林健二


小林健二個展[透質層と透明体]preview

小林健二個展「透質層と透明体」

2019年9月21日~10月12日(日・祝休廊) 11:00-18:30

104-0031東京都中央区京橋3-3-10第一下村ビル1F tel:0332817808/ fax:0332817848

info@gallery-tsubaki.net

Gallery TSUBAKI

小林健二作品[Tremadictonreticulatum]
2019 mixed media
夕暮れが降りてくる。黄昏の帳(とばり)が一面に広がる遠い日々の数多(あまた)の思い出がどれも皆 煌煌(キラキラ)と蘇る。(小林健二作品に書かれた文章)

詳しい情報

透明なものを取り分け好む小林健二。

彼が子供の頃、家の前から都電で行ける上野の国立科学博物館は大好きな遊び場の一つでした。

子供にとっては一本で行けるこの交通手段はありがたいもので、学校を休んでは頻繁に出かけた様です。中でも当時の鉱物標本室は面白かったとの事で、水晶や方解石など、特に透明感のあるものに惹かれています。

彼の作品群に共通するイメージを見つける事ができ、それは電気仕掛けの作品や科学的テーマを主題とするものもありますが、彼から生まれる作品においては、透明を感じる透質層が施されている特徴がある様に思います。あくまでも素材が「透明なもの」という意味ではなく、印象としての透明感です。

描かれているものは怪物であったり、腔腸類を思わせる形態や、山や岩という天然だったり・・・

様々であるにも関わらず、不思議とその向こう側に存在する透明な世界を思わせるのです。

心象風景とでもいうのでしょうか、そんなところも彼の作品の魅力です。

展覧会ごとにテーマを立てる小林健二ですが、今回は「透質層と透明体」という、彼が好んで触れてきた世界観が単刀直入に表現されています。

そしてギャラリー椿に隣接するスペースGT2では「XEDIA(キセディア)」という神秘的な場所がテーマになっていて、標本箱仕様の作品が多数展示される予定です。


小林健二個展「XEDIA」*同時開催9/21-10/12(日・祝休廊)11:00-18:30

104-0031東京都中央区京橋3-3-10第一下村ビル1F GT2


XEDIA(キセディア)と呼ばれる奇妙な場所からの発掘品

XEDIA(キセディア)と呼ばれる奇妙な場所からの発掘品
XEDIA(キセディア)と呼ばれる奇妙な場所からの発掘品

*以下小冊子「XEDIA」より抜粋

ーXEDIA

ケノーランドは絶対年代として、新太古代に存在していた超大陸である。

 その後大陸の移動の分裂接合によって形成と破壊を繰り返しながらも、一部は近現代に至ってもなお盾状地(じゅんじょうち)として残っていた。この台地が最初に人間の歴史に記されたのは1612年にオランダの五人の登山家たちによるものだった。その台地の四面がほぼ垂直に切り立っているために当時は山頂部の状況は観測できなかったが、1860年代に地上より測量されおよそ標高3500m、四辺がそれぞれほぼ7kmである事が確認された。

(中略)

1955年フランス及び英国によって結成された第一次調査隊によって辛くも着陸に成功したものの表面の薄雪により機体が安定せず、当日中に下山を余儀なくされた。その際その高地の滑走路を「奇妙な場所」としてパイロットたちはXedia(キセディア)と呼ぶようになった。

(中略)

これら出土品には特徴があり第一には、大きさが約10mmくらいから60mmくらいに収まり、分布状況が1.25mの正方面に意図的に配置されていること。そして第二には放射性核種、蓄積線量を検出できず、さらに熱残留磁気、地心双極子にも応答せず、これらの製作年代はまったく測定できないということだ。また、これらの発掘状況の全体像が把握しづらかったことは、この脆弱な人工的製作物は約20cm石英状硬透質の珪酸層に堅く包まれている状態にあったため、目視できても対象物を破損せずに回収することが技術的に障壁となり、一般には全ての状況は開示はしないまま次第に研究者の極度の体調不良、遅疑逡巡、意欲減退、一部には重厚の精神障害を発症とも?関係国の成果よりも資金不足及び世界情勢が再び混乱した事といった理由から1972年までに各国によって報道管制なども敷かれ、半ば強制的に再び「前世紀の闇中」にまで押し込められ忘れ去られていったのである。

(後略)

*標本箱仕立ての作品にはそれぞれの作品表紙がついた小冊子がついています。(展示即売)

小林健二個展[結晶標本-Crystal Specimen]review

2019,4/26-5/7東京中野Galleryリトルハイで開催された小林健二個展[結晶標本-Crystal Specimen]の会場風景です。結晶作品は展示即売だったので、画像は初日オープン前に撮影したものです。

小林健二個展「結晶標本」(手前に見える黄色い結晶5点はUVライトで発光する結晶です)

手持ち式ライトを使用して、結晶に自由に光を当て透明感を楽しんだり、UVライトで蛍光する結晶は、手持ちUVライトで光らせたりして、子供から大人まで楽しめる雰囲気の会場です。

小林健二個展「結晶標本」開放的なギャラリーの入り口から見た風景。奥には新作の土星作品が見える。

新作の土星作品を鑑賞するときは会場のライトを一旦消して暗くし、土星が青く光りながら浮き上がって回転している様を楽しんだりと、お客様と作品との接点が近い展示内容でした。

小林健二個展「結晶標本」
小林健二個展「結晶標本」(何年も繰り返された実験から生まれた結晶の数々。とりわけ透明なものが好きと話す小林健二の世界が息づいています。)

小林健二個展「結晶標本」
小林健二個展「結晶標本」(上の段に見えるのが不思議結晶。光に透かすと、想像を掻き立てられる模様が浮き上がる。「窓の向こうの世界が見えるよう」「海面に浮かぶクジラ」「猫の陰影」などなど・・・見る人の心象風景が面白い。)
小林健二個展「結晶標本」4/27作家来訪の時の模様。

4/27の土曜日の夕刻より小林健二在廊と告知したことにより、作家に会いにきた方々で溢れました。GW期間中での展覧会。移動の多いこの時期に会期中多くの人で賑わったと伺っています。

同時期に同ビル(中野ブロードウェイ)の書店タコシェのコーナーで「銀河通信」展も開催され、4階のギャラリー・リトルハイと3階のタコシェと行き来して、それそれの小林健二の世界を楽しめました。

小林健二個展[結晶標本-Crystal Specimen]preview

「Crystal Specimen-結晶標本」小林健二 

2019,4/26(金)~5/7(火)12:00-19:00(最終日17:00まで)会期中無休

*4/27(土)夕刻より作家在廊

リトルハイ 164-0001中野区中野5-52-15 中野ブロードウエイ4F

tel:070-4447-5640・info@little-high.com

小林健二が自ら一つ一つ時間をかけて育成した美しい結晶作品の数々と新作の土星作品を展示予定。

「小林健二氏は子供の頃より上野の国立科学博物館に通い、鉱物標本室に心を奪われる少年時代を過ごしてきました。そんな科学少年だった彼が結晶の世界に魅せられてから50年近い年月が経ち、様々な物質の結晶を育成することに興じることになります。

科学が魔法の様に思われていた昔から変わらず存在する鉱物の魅力、それを体感する一人であった小林健二です。地中の深い場所で気の遠くなるような時間をかけて秘密裏に鉱物結晶の生成は行われますが、表現者としての彼の好奇心によって自らそのプロセスを体験するがごとく結晶作品が生まれてゆきます。

これまでファインアートの世界での作品発表が多かった小林ですが、今回は別の面である彼の探究心から生まれた結晶作品に焦点を当てた特別な展覧会となります。

(リトルハイ・ウェッブより)」

結晶育成中
小林健二育成の結晶
小林健二育成の結晶
小林健二育成の結晶
小林健二育成の不思議結晶

詳しい情報

鉱物から絵の具を作る

顔料になる鉱物の色々

この記事は岩手のミュージアムで開催された「鉱物から絵の具を作る」小林健二ワークショップをもとに編集しており、画像は新たに付加しています。

とても人気があった企画であっという間に定員に達し、地元のみならず他府県からも多数参加されたようです。「鉱物」というと、何か植物や動物とは違った、動かない、生命を感じないと思いがちで、何か日常とは無関係に思われるような気もします。しかしながら、この地球で長い時間をかけて生成され、そして今私たちの前に姿を現わしている鉱物たちは、宝飾品としてだけではなく、実にいろいろな形をとって生活のなかで生きずいているのです。その一つに、絵の具があげられるでしょう。

石と賢治のミュージアム(岩手)で開催された小林健二ワークショップのチラシです。

この時に実際に使用された鉱物は「マラカイト」と「プルプライト」です。

顔料になる鉱物に関しては下記の別記事を参考にしてください。

マラカイト(Marachite) 岩緑青(いわろくしょう)・主成分:含水酸基炭酸銅・マウンテングリーンとも呼ばれます。緑色の鉱物でその断面まるで孔雀の羽のような縞模様があることから孔雀石と一般的に呼ばれます。かつてクレオパトラがアイシャドウに使ったということで有名な緑色顔料です。マラカイトは彫刻をほどこしたり箱などの工芸品として加工されたりするのでその削った粉やかけらから顔料にしやすい鉱物です。・標本産地:Kolweiz,Shaba,Zaire
プルプライト(Purpurite) 紫石(むらさき石) 写真で見るとまさに名が示す通りのむらさき色ですが、粉体にすると、マルス・ヴィオレットのような色です。セラミックやダイヤモンド砥石で削ると顔料にすることができます。タマゴ・テンペラなどで使えるかもしれません。標本産地:Noumas pegmatite,nearcapeteun,Republic of South Africa

上の画像のような鉱物標本は美しいので顔料にしてしまうのは正直惜しいです。ですのでヤスリ掛けがしやす程度の大きさがある小ぶりな標本で、そして混じり合う他の鉱物が少なく、色彩が象徴的なものを選んぶといいかもしれません。

マラカイトをヤスリで削って顔料を作っているところ

小林健二自作の火山の形をした不思議な実験道具。

噴火口にオレンジの粉末を入れて点火すると緑色の粉体が吹き出してきました。この緑の粉末も顔料になるのです。

用意された材料はヤスリや顔料のローアンバー、テールベルト、ウルトラマリン、そして練るための溶剤となる溶液と親水性を増すための溶液、練り台と、盛り沢山。多めに用意された溶液で、持ち帰った後も工夫により新たな「自分なりの絵の具」が生まれているかも知れません。

顔料ウルトラマリンを溶剤と混ぜているところ。

この時に作った絵の具は「アブソルバンキャンバス(吸収性の支持体)」にも描くことができます。これもワークショップの記事を下記しますので参考にしてみてください。

モレットと呼ばれる絵の具を練るための道具。それぞれに小林健二自作の素敵なケースが仕立てられている。
モレットを使ってこの大理石の板の上で顔料を練って絵の具を作る。これらもまた、専用の小林健二自作のケース付き。20代の頃に作ったもので使い込まれて年季が感じられる。
硬度が低めの鉱物は、このような鉄鉢(てっぱち)で砕いて粉状にすりつぶして顔料にすることもできる。


顔料と絵の具を練る媒材を作るための樹脂などが入った瓶の棚。貴重なものもある。
ラピスラズリの顔料
絵の具を練る練り板は大理石ばかりではない。小林健二愛用のこのパレット?の上で溶剤と顔料が混ぜられ練られてキャンバスに描かれることも多い。木製だがこれもまた使い込まれていい味が出ている。

文+編集:Ipsylon

精霊の家

STELLA IN THE ROOM

夜はぼくたちにいつも語りかけている

気圏の層に窓が開いて

遥かな宇宙の記憶の断片が 静かな雪のように降ってくるんだ

それは見ようとしたり 聴こうとしたりしなければ

なかなか感じることのない 小さな小さな声なんだ

でも

何かを探して夜空を見上げると

ひとりぼっちには

惜しみなくいくらでも 夢を降らしてくれるんだ

いろいろな色の様々な姿をしたキャンディーのような 素敵な味覚のお噺で

その心がいつの間にか温かく すっかり安心できるまで・・・

一度も会ったこともなかった 顔も知らない同士でも

知らない星の思い出が いっしょに懐かしくなったりするのは

きっとそんなわけなんだ

・・・・・・

ぼくは静かに外に出て、見上げる銀河に思ってみる。

かつてある巨きな人が深い眠りに入って星になった時、

それは一体どんな日だろうと・・・

そして今、その星のみる夢は、この上なく素敵なものであってほしいと。

その青く光る星の住人の一人として、故郷地球を思って見た。

小林健二

*文:[星のいる室内STELLA IN THE ROOM]より

[妖精の家]小林健二作品
通電すると室内から階段を昇ったり降りたりする音や、口笛やハミングが小さく聞こえ、またあたりが暗くなると点灯したり消灯したりする。

[妖精の家]部分
小林健二

 

 

サイラヂヲを製作するにあたって

ーサイラヂヲを製作するにあたってー

ある日の小林健二のアトリエ(1993年頃)

ある日の小林健二のアトリエ(1993年頃)*まるで町工場の様な雰囲気

ある日の小林健二のアトリエ(1993年頃)*窓際におかれた絵画材料など

 

 

ある日の健二のアトリエ(1993年頃)*棚の樹脂や顔料、溶剤など

 

小林健二へのインタビュー

ムーンライトプロジェクト(以下M):小林さんは今回の展覧会で各ギャラリー共通の展示作品を製作されていますが、このようなことは今までありませんでしたよね。

小林健二(以下K):ええ、ありませんでした。その理由としてぼくがマルチプルな作品をあまり作らなかったということと、このラヂヲのようなものは作る難易度が高いということがあります。

M:でも、サイラヂヲ等をこれまでに製作してこられていますね。

小林健二作品「サイラヂヲ」
1985-6年にかけて製作された作品。頭部の透明部分がラジオ放送を受信すると、その音声に同調して明滅し、七色に色彩を変化させるもの。

K:同じものを複数作るというと一見楽なように思われるかも知れませんが、ぼくの性格をさておいても、外注などできるものならともかく、要素が多すぎてそれは不可能。だからと言って全部自分で作るとなると、その作業量というのは、二つ作れば二倍になり三つ作れば三倍になる、ということは往々にしてあリます。そして今回のように中の回路まで旧式なものを作ろうとすると、それなりの苦労があるわけです。

M:それはどのようなことでしょうか?

K:まずパーツが手に入らないものがある。例えば普通に回路を組み立てる上においても、ラヂヲのチューニングに使うところのパーツである「バリコン」一つとってもみてもそうだし、あるいはコイルひとつにしても入手できないものがある。まして、実際には売っていない部分、例えばラッパの部分とかツマミであるとかは、作らなければならなかった。このラヂヲに関しては、ただでさえ大きいものにはしたくなかったし、それでもなおかつ机の上に乗る大きさのラヂヲの中に、現実感のない空虚な空間を作ろうと思えば、部分的には非常に難易度が高くなってしまう。それなら小さくて効率のいい部品を使えばいいが、そうすると音がクリアに聞こえすぎて、旧いラヂヲの感じが出ないといった理由から、どうしても旧式の回路を使いたい。

ということでますます困難な作業となる。しかもそれらのパーツは入手が困難になっていて、特殊な短波器も同調コイルも、ものによれば作らざるおえなかった。

この様な部品は現在生産は中止されている。エレクトロニクスの世界の躍進は目覚ましいが、その影では過去の中に流されて姿を消し、廃棄されてゆくものたちも多い。もしその様なものを使用してラヂヲを製作しようとすると、マニアックなパーツの入手ルートも必要になってくる。
*小林健二作品の素材

もちろんこの様な部品は正規には現存しない。イメージに中心をおくために、必要とすれば全てパーツにいたるまで自作しなければならない。内に秘めたイメージを物質化する中で、いろいろな葛藤も起こることは想像に値する。
*小林健二作品の素材

この様な部品を作ることは、単にマニアックな思いつきや技術的な精度だけではおそらく具現化することは難しいだろう。何より、夢の様に思えるほどの果てに浮かぶイメージの世界を、こちら側の国に引き寄せたいとの強い想いが必要になるだろう。
*小林健二作品の素材

M:つまりラヂヲの外見のみではなく、中のメカニズムな部分まで全て小林さんが手作りをされているということですね。今までアンティークのパーツなどを利用されているのかと思ってました。

K:このようなものを仮に一点だけ作るのだったらそれも可能かも知れませんが、複数で作るとなるとまず不可能でしょう。今回は思ったより古い回路などが市場から姿を消してしまっていることにぼく自身驚きました。その結果、手作業の部分が膨大に増えてしまったわけ。

小林健二作品「サイラヂヲ「透質結晶受信機」部分

小林健二作品「サイラヂヲ:透質結晶受信機」
透明結晶が青く光りながら回転し、同時にラジオも受信する。

小林健二作品「サイラヂヲ:遠方放送受信機」
スピーカーからラジオ放送が聞こえ、不思議なオブジェが青く光りながら回転する

小林健二作品「サイラヂヲ」
ラジオの受信状態によって頭部の透明部が色を変化させながら明滅する。

ーインタビューを終えてー

絵画のように、イメージを比較的ダイレクトに形にするものと比べれば、この「サイラヂヲ」のような精度の高い、しかも不自然に見えないものを作ろうとすれば、その難易度たるや尋常のものではないだろう。電気的な知識や技術を製作者が持ち合わせていなければ、形にできない。つまりイメージを物質化することができないのは当然なことであり、それを持ち合わせた小林の存在は驚きに値する。

しかし、このような困難を乗り越えても作者が物質化したいと思い、また、作り出そうとした作品世界を垣間見るのも一興ではないだろうか。

はるかなイメージの世界より、作者がこの「サイラヂヲ」に続く一連の作品をその希有な能力で現実世界のものとして三次元かしてくれたとき、そこには、実際にサイキッシュな空間が出現しいるのかも知れない。この形骸化されたものを媒体として、作品に相対した瞬間、観るものたちの心に、同じ世界が現実のものとして拡がることもあるだろう。アート作品とは、形象の向こうにつながる世界を観ようとそこに近づき、何かを知ろうとする人たちの心の窓を開き、人々の心に眠る感性の可能性を喚起させるものではないだろうか。

文+インタビュー:ムーンライト・プロジェクト

(図録[Catena Aureus]より、編集抜粋しており、画像は図録掲載以外のものも使用しております)

小林健二展覧会図録1993年[Catena Aureus]のページ

小林健二展覧会図録「美術と博物展」福井県立美術館発行
*その後サイラジオのシリーズはこの展覧会でも展示されています。

KENJI KOBAYASHI

 

小林健二個展[ー朝の硝子ーMorgonglaz]review

小林健二個展[ー朝の硝子ーMorgonglaz] 2018年3月28日(水)~4月16日(月) YAMAGUCHI Gallery

春の要素が風に運ばれ、良い香りがしはじめる。すると ついさっきまで置いてあった壜や皿やコップなどの虚ろな隙間に朝のひかりが充蓄されて硝子のような姿を顕してゆく。

小林健二

小林健二作品[ー朝の硝子ーMorgonglaz]
2018 mixed media

小林健二作品[ー朝の硝子ーMorgonglaz]2018
*部分

案内状の作品は、中央に独特な半透明の形と爽やかで淡い色彩が散りばめられていて、明るく清々しい印象です。案内状に使用された画像では、斜光によって真ん中のフォルムが浮き上がって見えています。

小林健二作品[ー朝の硝子ーMorgonglaz]2018
mixed media

自作キャンバスに描かれた壜や不思議なものたち。この透明な層と淡い色彩による作品は、健二が20代頃に描いていた油絵を思い起こさせます。

4月7日(土)午後5時より「小林健二を囲んで(予約不要・無料)」というDMの案内。取り巻くように椅子が用意され、ミニトークになっていきました。

小林健二ミニトークの様子(2018,4/7)

小林健二ミニトークの様子(2018,4/7)

約3時間に及ぶミニトークの内容から、いくつか抜粋要約してまとめてみています。

*小林はK、参加者の質問はQとします。

まずはギャラリーオーナーである山口さんからの質問から始まりました。

Q:展覧会タイトル[ー朝の硝子ーMorgonglaz]について、作品の中にガラスのような透明な層がありますが、関係性はあるのですか?

K:作品に使用した技法の中にステレオクロームがあります。それは水ガラス(ケイ酸アルカリの濃い水溶液で、濃度の種類が何タイプかある)によって透明な層を形成します。透質なものが好きで、以前から作品に使用したこともありました。

今回の個展に向けて最初に手がけた新作が、このページに載っている壜などを描いた作品。今思うと「画家」を生業とする前の頃を思い出すような気持ちから始めたもので、それによって今回の一連の作品が生まれていった感じです。

北欧の言語には接続詞に当たるものがなく、[朝の硝子]を欧文表記した場合は普通「の」にあたる言語が必要になるけど、一言の[Morgonglaz]にしてみたもので、造語です。

余談だけど、硝子って液体なんですね。含有物によって若干緑がかったものが一般的で硬質なイメージ、それが液体だなんて不思議です。

Q:土星作品も展示されていました。まさに宙に浮いているように青く光りながら回っているのですが、まるで目の前に浮いていて触れられそうな感触に驚きました。小林さんが「土星」にこだわる理由は何かあるのですか?

K:中学生の頃、友人の家に遊びに行った時に初めて望遠鏡で土星を見る機会がありました。その時の感動は言葉にできない。「本当に輪がある!」って、意味もわからず涙が出てきたのを覚えていて、きっとその経験が忘れられずに今に至っているんだろうと思います。

それと輪があった方が、回っている時にダイナミックだよね(笑)。

 

今回はお客様と作家との距離が近く、歓談しながら充実した時間が過ぎていきました。まだまだたくさんの話が飛び交いましたが、編集能力の限界から、ここで一旦終了します。

文:ipsylon.jp

 

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小林健二の自作レンズによる撮影[水晶編]

自作レンズと小林健二

小林健二の作品たちを一つの枠にあてはめることは難しい。絵画、彫刻、音楽や結晶・・・電気を使用している作品の中でもラジオや筐体の中で宙に浮かんで青く光って回転している土星など、表現媒体は実に自由。

カメラに自作レンズを装着して、幻想的な写真作品も発表している。

研究者としての一面も持つ小林健二。彼の道具は、日頃から作品製作に使用しているものに加え、資料としての興味で収集しているものまで様々。鉱物標本なども中学生の頃から機会があれば買い求め、特に水晶は心惹かれるようだ。

一貫して言えることは、そういうものが「好き」なのだ。

今回は水晶を撮影した写真を何点か選んで見た。

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

小林健二・写真作品「水晶」

文:ipsylon.jp

KENJI KOBAYASHI

導体材料(絹巻線)と絶縁材料(雲母)について

導体材料としてアルミ、真鍮、鋼の板材や棒材に加え、錫やアルミの箔はよく使われます。

そして何よりよく使うのは、導線としてのエナメル線でしょう。太さは0.2~ 1.6mmくらいまでは入手しやすく、そのうちコイル巻きに使うのは0.3~0.6mmが適当でしょう。

*エナメル(enamel)とは、ニスに顔料などを混合した塗料のことで、銅線にその塗料が薄く被覆してあります。コイルを巻く時には線と線が接するので、そこでの導通を避けるためです。被覆する塗料が透明なものもあり、コイルに使用する時は、銅の色のものでもエナメル線と表示してあるものを購入してください。

またエナメル線でもU.E.W(ウレタンエナメルワイヤー)と呼ばれる、サンドペーパーで被覆を取り去らなくても少々長くハンダゴテを当てていると熱によって被覆が浮いてそのままハンダ付けができるものもあります。色は緑の濃淡、赤、透明(銅そのままの色)などがあります。

導線で、左側が絹巻線、右側がエナメル線です。

もしどこかでD.S.C.(ダブルシルクカヴァード)と呼ばれる1重絹巻き線が人手できると、昔のコイルみたいに作れるばかりか、すべらずにしっかりと巻くことができます。

*絹巻線のいろいろ。絹糸が青や赤、黄色、緑に染められているものと、染めていない状態のものです。

*絹巻線は銅線に被覆の役目をしている絹が巻かれています。

*絹巻線などを使用して作ったコイルのいろいろ。昔のコイルを参考に自作のものに加え、海外から購入したものも含まれます。左上の黄色の絹巻線を使用しているコイルは小林健二設計製作による「クラウンコイル(小林健二命名)」です。

*昔のコイル。真ん中のものは大小のコイルの位置を可変して、同調する役目をするもの。

コイルについて

 

*エナメル線や絹巻線などをコイル枠(画像ではスパイダーコイルの巻枠)に巻くときに、線が絡まないように進めることが大切です。

*こんな装置を木などで自作しておくと、コイル巻きの時に便利です。外形寸法に合わせて横棒の位置を可変できるように棒をさす穴が上下に空いています。

*絶縁材料にもいろいろありますが、気に入って使用しているのが雲母です。

マイカ(雲母mica)一一空気をはじめとして絶縁物はたくさんありますし、技術的に簡単と言うなら紙やセロファンもいいと思いますが、なかでもマイカは工作上美しいし、性能上も他を圧しているようにぼくは思います。

雲母は天然鉱物で鉱物学上これに属するものには本雲母群、脆雲母群等があって、実用に供されるのは本雲母群のものです。このなかには大きくわけて7種類があります。

 

白雲母muscOvite、曹達雲母paragonite、鱗雲母lepid01ite、鉄雲母lepidOmelane、チンワルド雲母zinnawaldite、黒雲母biotite、金雲母phlogOpiteで、日本画などで雲母末のことをきらと言うように、まさにキラキラしていてぼくの好きな鉱石の一つです。

雲母はインド、北アメリカ、カナダ、ブラジル、南米、アフリカ、ロシア、メキシコ等が有名ですが世界各地で産出します。日本ではあまりとれないのでもっぱら輸入にたよっています。白雲母は別名カリ雲母といって無色透明のものですが、黄や緑や赤の色を帯びることがあります。そのうちの赤色のマイカはルビー雲母rubymicaとも呼ばれ、 とても美しいものです。比重は276~4.0くらい、硬度は28~ 3.2です。金雲母は、マグネシア雲母、琥珀雲母amber micaとも呼ばれ、比重は275~ 2.90、硬度は25~27、少々ブラウン色に透きとおり、やはりとでもきれいです。

絶縁材料として使われる雲母

*ルビー色で美しい雲母

雲母を工作に使用する際には、むやみやたらとはがさないで、最初に半分にしてそれぞれをまた半分にするというように順にはがしてゆくと厚さをそろえやすく、好みの大きさに切る時は写真などを切断する小さな押し切りでよく切れます。厚いうちに切断しようとすると失敗することが多いので、使用する厚さになった後でカットするようにした方がよいでしょう。なお工作の際、マイカの表面に汗や油をつけないように気をつけましょう。

*雲母などを切断するときは、このような押し切り裁断機を使用すると綺麗に切れます。

このほか絶縁材料としては、ベークライト、エボナイト等、ガラスエポキシ、ポリカーボネイトなどがあります。

*小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ(筑摩書房)」より抜粋編集し、*印の文章や画像は新たに追記しています

KENJI KOBAYASHI

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