[T君の望遠鏡]
中学生になって、ぼくが同級生に誘われて再び渋谷の五島プラネタリウムに行き始めた頃、二つ年上のT君は、6cmの屈折望遠鏡を持っていた。彼は野球少年で、しかも星座少年だった。
T君の自慢の望遠鏡は、いつもピカピカでカッコよかった。
ある日「ちょっと覗かしてよ」と言って、みんなが順番に見せてもらった時、プラネタリウムが嘘っぽく見えるのは、星がありすぎるからだと思っていたけど、その小さな覗き窓に想像を何倍も超える星々の存在に声を失ってしまった。
「すごい」とか「星がたくさんある」とか言うと、一緒に涙も出そうだったからだ。
その後ぼくは、ぼくの中学のサッカー部創設メンバーに加わり、朝から夜までサッカーに明け暮れた。ペレやジョージベストやベッケンバウワーが、ぼくにプラネタリウムやT君の望遠鏡のことを、忘れさせていた。
そして、T君の卒業したその次の年の夏。しばらくぶりに仲間とT君の家に行くと、そこは空き家になっていて、家の中は空っぽだった。彼には昔からお父さんがいなくて、新聞配達をしていたが、赤坂の方で働いていたお母さんに大変なことが起こって、そして急に引っ越したのだと隣のおばさんから聞かされた。
ぼくらは何も喋らないまま、夕暮れの彼の家の中にいて、あの立派だった望遠鏡のことをしばらくの間、想っていた。
[流星群と変光星]
夜、久しぶりに外へ出て
空を見上げていると
東の方角にペルセウスの流星群
何かが始まる未知の気配を
全ては開かぬしばし間に
再び心も風景の静寂に一致してゆくまで
いつのまにかに飛び出していた
夢の翼は輝星の表を追い走けてゆく
おおくま座 ウルサマヨール
位置11007626α(アルファ)ドウベを超え
やがて(イプシロン)アリオス位置12518562を捕える
北極星が変光をして
ウルサミノールが輝くときに
基準都市の上を
重星の命が通り過ぎてゆくのだ
ぼくは星表番号とその星の名を探し出し
君のなまえを書き添える
古代の時間が訪れて
ジュラ紀の空を思い出す。
小林健二
*作品集「星のいる室内(1993年発行:ガレリ・ヴォワイアン)」より抜粋し、画像は新たに付加しています。ヴォワイアンで開催された小林健二個展に合わせて出版された本で、内容はギャラリーオーナーの文章と展示作品、小林健二の文章などで構成されています。
小林健二は天文的なテーマの作品を多く制作していて、その中から何点か紹介してみます。
「星座遠方-STELLA DISTANCE」の作品タイトルで小林健二は何点か連作を描いています。