ーサイラヂヲを製作するにあたってー
小林健二へのインタビュー
ムーンライトプロジェクト(以下M):小林さんは今回の展覧会で各ギャラリー共通の展示作品を製作されていますが、このようなことは今までありませんでしたよね。
小林健二(以下K):ええ、ありませんでした。その理由としてぼくがマルチプルな作品をあまり作らなかったということと、このラヂヲのようなものは作る難易度が高いということがあります。
M:でも、サイラヂヲ等をこれまでに製作してこられていますね。
K:同じものを複数作るというと一見楽なように思われるかも知れませんが、ぼくの性格をさておいても、外注などできるものならともかく、要素が多すぎてそれは不可能。だからと言って全部自分で作るとなると、その作業量というのは、二つ作れば二倍になり三つ作れば三倍になる、ということは往々にしてあリます。そして今回のように中の回路まで旧式なものを作ろうとすると、それなりの苦労があるわけです。
M:それはどのようなことでしょうか?
K:まずパーツが手に入らないものがある。例えば普通に回路を組み立てる上においても、ラヂヲのチューニングに使うところのパーツである「バリコン」一つとってもみてもそうだし、あるいはコイルひとつにしても入手できないものがある。まして、実際には売っていない部分、例えばラッパの部分とかツマミであるとかは、作らなければならなかった。このラヂヲに関しては、ただでさえ大きいものにはしたくなかったし、それでもなおかつ机の上に乗る大きさのラヂヲの中に、現実感のない空虚な空間を作ろうと思えば、部分的には非常に難易度が高くなってしまう。それなら小さくて効率のいい部品を使えばいいが、そうすると音がクリアに聞こえすぎて、旧いラヂヲの感じが出ないといった理由から、どうしても旧式の回路を使いたい。
ということでますます困難な作業となる。しかもそれらのパーツは入手が困難になっていて、特殊な短波器も同調コイルも、ものによれば作らざるおえなかった。
M:つまりラヂヲの外見のみではなく、中のメカニズムな部分まで全て小林さんが手作りをされているということですね。今までアンティークのパーツなどを利用されているのかと思ってました。
K:このようなものを仮に一点だけ作るのだったらそれも可能かも知れませんが、複数で作るとなるとまず不可能でしょう。今回は思ったより古い回路などが市場から姿を消してしまっていることにぼく自身驚きました。その結果、手作業の部分が膨大に増えてしまったわけ。
ーインタビューを終えてー
絵画のように、イメージを比較的ダイレクトに形にするものと比べれば、この「サイラヂヲ」のような精度の高い、しかも不自然に見えないものを作ろうとすれば、その難易度たるや尋常のものではないだろう。電気的な知識や技術を製作者が持ち合わせていなければ、形にできない。つまりイメージを物質化することができないのは当然なことであり、それを持ち合わせた小林の存在は驚きに値する。
しかし、このような困難を乗り越えても作者が物質化したいと思い、また、作り出そうとした作品世界を垣間見るのも一興ではないだろうか。
はるかなイメージの世界より、作者がこの「サイラヂヲ」に続く一連の作品をその希有な能力で現実世界のものとして三次元かしてくれたとき、そこには、実際にサイキッシュな空間が出現しいるのかも知れない。この形骸化されたものを媒体として、作品に相対した瞬間、観るものたちの心に、同じ世界が現実のものとして拡がることもあるだろう。アート作品とは、形象の向こうにつながる世界を観ようとそこに近づき、何かを知ろうとする人たちの心の窓を開き、人々の心に眠る感性の可能性を喚起させるものではないだろうか。
文+インタビュー:ムーンライト・プロジェクト
(図録[Catena Aureus]より、編集抜粋しており、画像は図録掲載以外のものも使用しております)