科学と魔法の境が曖昧な時期の発明

小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ」筑摩書房
*カバーを外すと、中に不思議な色に発光する水晶の写真。

20世紀の初頭に生まれた鉱石ラジオは、半導体工業の原点となったものだ。原理的には電池などの電源がなくても、電波をキャッチすることができる。

「鉱石ラジオは電気工学の黎明期に誕生したもので、原理は本当には解明されていません。すぐにダイオードができて、研究が途中で放棄されたのです。それっきり、すっかり忘れられてしまいました。」

この本には鉱石ラジオの構造と作り方が実に丁寧に解説されているだけではなく、鉱石ラジオにつながる様々な電気的発見、発明の物語や、通信と社会との関わりの歴史が盛り込まれている。美しいカラー図版で収められた昔の、鉱石ラジオや小林さんのオリジナル鉱石ラジオが眺められるのも楽しい。

小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ」より(小林健二の鉱石ラジオのコレクション紹介ページ、何ページかに渡り鉱石ラジオが登場する。)

小林健二著「ぼくらの鉱石ラジオ」より(自作の鉱石ラジオの紹介ページ。自作不思議ラジオはまだまだ登場する。)

「構造さえわかってしまえば、単純なものから始めて、複雑なシステムに改良することが可能です。この本を趣味の時間、リラックスすることに生かしてもらえればと願っています。読んでくれた人が、自分の作ったラジオを孫にプレゼントできると言ってくれたのは、嬉しかったですね。」

小林さんはジャンルや技法にとらわれない表現活動を展開してきたアーティストである。人はみな得意不得意があり、たまたま美術の世界に進んだのだという。

「子供の頃から好きでやってきたことは、自分のペースで高めていけるし、関心や思いの幅が広がっていきます。人それぞれにアクセスの手段が違う、いろんな個性の人がうまく組み合わさっていくように、世の中はできているのだと思います。」

しかし、現在の社会は並列ではなく序列によって、人の関係が作られている。

「科学も田んぼの収益も、何もかもが経済原理の中に組み込まれて、弱いものは切り捨てられている。みんな一つの方向しか見ていないけれど、鉱石ラジオはもっと大事なもっと大事なものがあるかもしれないもう一つの視野、違う世界の象徴なのです。」

小林さんの表現は、そうした異なる空間に見るものを誘う。その表現を側面から支える膨大な蔵書の中には、鉱石ラジオが人々の生活の中に生きていた時代の科学雑誌や書物が、ずらりと並んでいた。

「人間と天然を結びつける本質的なものを興味津々で見直していくって、大切だと思います。自然と神秘、魔法の境がなかった時代の先人の経験なんかから、書物や話を通して学べることはたくさんあると思う。」

*1997年のメディア掲載記事から抜粋編集、画像は新たに付加しています。

小林健二自作の鉱石ラジオ

*以下に、小林健二が製作している不思議な作品たちを何点か紹介します。


「秘蜜商会」HIDDEN HONEY COMPANY
木、硝子、電気など 
230X190X220mm 1993
(1990年に制作された「秘密事業部-Secret Division」という作品を1993年に改名して発表。通電すると、窓にうっすらと人影が動き始めることがある)

「磁束界の距離」DISTANCE OF MAGNETIC FLUX FIELD
混合技法 mixed media 140X110X185mm 1993
(173-181一連の作品は、本来複雑に配線され、また多種の実験ができる装置となっており、いくつかの換算表と書物は、その実験を解説するもの)

「大気の中の隠れた電源」ELECTRICAL POWER CONCEALED IN THE ATMOSPHERE
写真、鉛 photograph,lead 650X465X30mm 1999
大気の中の隠れた電源 静かな実験室。人間による発見。 ここへはもう再びもどらないのだろうか? すばらしき変革。 本当はもうこれ以上ほしくないのです。めざましき発展。 只、静かな思いの世界にいたいのです。 1990 データ;6月1989 / 写真;1990

KENJI KOBAYASHI

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください