*2000年のメディア記事(小林健二へのインタビュー)からの抜粋です。
ーいつ頃から鉱物顔料に興昧をもつようになったのですか?
鉱物顔料というより鉱物自体に子どもの頃から興味があって集めていました。
絵を描くことが生活の中心になるようになって鉱物標本のなかでも色のついたものにとりわけ興味をもつようになったように思います。またティオフィルスやトンプソンを訳したり、チエンニ ーノ・チエンニ ーニ、グザヴィエ・ド・ラングレなどの本が出版されて、古典画法に輿味をもつようになりました。人聞が絵を描きはじめた頃、あるいは西洋の中世で鉱物顔料をいかにして絵具にしていたかなどを読んで興味をもち、よく通っていた鉱物標本屋で鉱物顔料を探すようになって、手の届くような廉価なものから徐々に買い集めていったのです。
ー鉱物標本を買って、それで実際に絵具をつくったりしたのですね?
最初にトライしたのはいまから二十三、四年ぐらい前でラピスラズリでした。
チエンニ ーノ・チエンニ ーニが樹脂などと顔料をまぜ、水中でそれをもみだして青い成分を出したという話を読んで、本当にそんなことができるのか不思議に思って、自分で実際にいろいろな文献や資料を探して顔料をつくったりしました 。当時はウィンザ ー・ニュートン社からウルトラマリン・ジエニユインと いう本物のラピスラズリからつくった絵具が売られていました。その頃の値段でおそらく一万か二 万円ぐらいでした。ウルトラマリンが出切ったあとの残り淳のようなアッシュ・ブルーというグレーの顔料も、水彩のハーフパンで飛び抜けて高い値段で売られてました。そんな時代でしたから、ラピスラズリを精製したりするのが実験的でおもしろかったのです。
その当時、ラピスラズリの原石は御徒町あたりの宝飾品屋から断ち屑がキロ五千円ぐらいで買えました。これを業者にスタンプ・ミルで砕いてもらい、さらに細かくしていくポット・ミルという機械を自分で買ってきて使用していました。ちょうどその時期、ある友人の紹介で中国産の群青を精製する仕事をバイトでやりはじめたんです。顔料を粒子の大きさで水簸という方法によって選別する仕事でしたが、このようにして鉱物を絵具にする方法を覚えていったのです。いろいろな安い鉱物の断ち屑から自分のオリジナルな絵具ができるんじゃないかなと思って、ほかにもつくるようになりました。
ー鉱物顔料からつくった絵具をどういうふうに使っているんですか ?
最初のうちはさまざまな青い顔料を使って作品を描いていましたが、高価なのと手聞がかかるので、だんだん市販されていないような油絵具をつくるようになりました。たとえばデイヴイス・グレーというウインザ ー・ニュートンの透明な灰色やペイニーズ・グレーのような透明色をもっと濃いグレーにしたものだとか、セヌリエ社のブラウン・ピンクに近い色。市販されている赤や青などはっきりした色じゃなくて、透明色でかすかに紫や青みがかったものを天然の顔料でつくるとおもしろいんじゃないかなと思ってね。紫雲母や緑色の雲母を粉砕して、雲母(きらら)の粉体をつくったりしました。ふつうは白雲母を主体にして精製しますが、そうではなくすでに色が若干ついているものを粉体にしました。
ほとんど白いままで色が出てこないんですが、油絵具のように屈折率の高い展色剤といっしょに混ぜると薄い透明な紫や緑の絵具ができるんです。
ーたとえば現在でも青の顔料は高価であっても手に入れることはできるんですか?
結局、いまの時代なんでもあるでしょう。
合成顔料に人工顔料、染料からつくった顔料、あるいは有機顔料もある。人聞が絵を描きはじめて以来の歴史を振り返ると、青はとても貴重な色だったといえるでしょう。宝石ではサファイアやタンザナイトのような鉱物結晶を想像するかもしれませんが、サファイアのように硬いものを粉体にするのは大変です。しかも真っ青なのに粉体にすると白くなるんですよね。青い鉱物というのは、どこにでもあるものじゃないから、おのずと高価なものになる。それがラピスラズリやアズライトです。日本語でいう瑠璃や群青です。ほんの百年前にはとても高価で一般の人たちには手に入らない絵具がいっぱいあった。ウルトラマリン・ブルーはいまではシリーズ中最も廉価な絵具なひとつですが、金よりも高い時代がありました。ラピスラズリからつくるブルー・ドート・メール(ウルトラマリン・ブルー)があまりにも高価だったので、フランス政府がこの色を合成的につくったものに懸賞金を設けた。それで1826年にギメが発明したのですが、これが工業的合成絵具の先駆けになったのです。
ー青以外にはどういう色がありますか?
いちばん有名なものはシナバー(辰砂)ですね。真っ赤な朱、ヴァーミリオンのことです。純正の赤や黄もなかなか天然には存在しづらい色で、顔料鉱物だけでつくられているものはとても珍しいのです。シナバーは硫化水銀です。朱には印鑑を押すときの朱肉のイメージがあるけれど、岩絵具を顕微鏡で見てみると、透きとおってきれいな、まるで色ガラスを砕いたような透明度の高い絵具だとわかります。岩絵具になるような辰砂は日本でも海外でも産地が少なく、やはり貴重なものだったんですね。
赤でもうひとつ有名なものにリアルガー、日本語で鶏冠石というのがあります。群馬県下仁田の鉱山が日本で鶏冠石が出るところだといわれていて、二十歳の頃友だちに誘われていっしょに掘りにいったことがあります。鶏冠石には砒素が多く含まれ毒性が高いので鉱山は閉鎖されていましたが、 近くに転がっていた鶏冠石の塊を拾ってきました。
オーピメント、日本語で石黄も成分的に鶏冠石によく似た透明な結晶体です。コバルト系のオーレオリンのような色で 、これを粉体にするとレモン・イエローをちょっとくすませたような顔料になります。
リアルガーもオーピメントもシナバーと同じように純粋な結晶体で透明度の高い美しい標本です。どれもひじように高価なので粉にして顔料にしようと思う人はいないでしょう。
他に、黒では鉱物としてグラファイトがあります。 黒鉛のことです。アイボリー・ブラックやパイン・ブラックのように動物の骨とか植物を焼いてつくった炭なども顔料に使われている。煤もそうですよね。成分によって若干色は違いますが、白や黒はわりに天然界に多く存在しています。白なら白亜、チョークの類があるし、鉛系のものでは酢で鉛を酸化させたものもあります。緑にはアズライトとよく似ているマラカイトがあり、これにはエジプトのクレオパトラがアイシャドウにしていたという逸話があります。アズライトもマラカイトも天然鉱物ですが、銅を腐食して緑色の錆としてつくった酢酸銅やエメラルド・グリーンのように鉱物以外のものからもよく絵具をつくったのです。
たとえばアンバーという土色は一種の酸化鉄ですが、イタリアのシエナ地方の石土がロー・シエナ、これを焼いたものはバーント・シエナといいます。黒っぽい鉛を光らせたようなへマタイトを摺りつぶすとちょうどベンガラのような赤になっていく。そういうふうにつくられる色もありますね。
絵具屋がない時代には、絵を描く人間たちは、こうしてひとつひとつの色を苦労して手に入れて自分で絵具をつくっていたわけです。ネイプルス・イエロー、ナポリ黄と呼ばれる色はパピロニア時代からあるといわれているし、絵師は表現する以前にまず必要な色を入手しなければならなかったということでしょう。ある程度の財力や入手ルートのコネがないと一枚の絵を仕上げることも出来なかったかもしれません。(笑)
ー鉱物顔料を粉末にしたものをどうやって絵の具にしていくんですか?
砕いた粉末に膠着剤や展色剤を加え練りあわせていきます。粉自身の特性や展色剤をなににするかによっても絵具の質が決まるのです。水彩絵具と油性絵具という違いもあるし、あるいは同じ水性のアラビアゴムを使用したとしても、その中に入っているアラビアゴムの量や水分量によって水彩絵具にも、パステルにも、あるいは蝋などを加えてオイル・パステルにもできます。デトランプの技法にならって膠を加えて日本画の顔料にしたり、水ガラスを加えてステレオクローム式のものをつくったり、展色剤に卵の黄身や白身、あるいは全卵を加えてテンペラの材料をつくることもできます。
ー昔ヴァーミリオンとエメラルド・グリーンを混ぜると変色するといわれましたが実際はどうなんですか?
ヴァーミリオンには硫黄が含まれていて、エメラルド・グリーンにはそれに反応する成分が入っているという話ですね。 さっき話に出たヴァーミリオンは硫化水銀ですから硫化物が入ってますからね。エメラルド・グリーンは難しいので、鉛からつくったシルヴァー・ホワイトを例にすると、シルヴァー・ホワイトの鉛の成分と硫化物が反応して硫化鉛に変わり黒変します。ただ油絵具の場合、シルヴァー・ホワイトは塩基性炭酸鉛が主成分で、比較的遊離した硫黄分があってもそう簡単には反応しません。天然の硫化水銀からつくったものではないヴァーミリオンの場合には硫化物が安定しているので、油絵具の油が顔料のまわりをオブラートのようにくるんでますし、顔料と顔料が直接接触して反応することは少ないでしょう。ただ、顔料同士をそのまますり鉢ですったりすれば、みるみる色が変わっていくことは実際あります。
またウルトラマリン・ジェニュインをずっと水にひたしておくと、成分中の天然の硫化物が遊離して、だんだん水中に溶け出し、もとの顔料から硫黄分がどんどん抜けていってしまいます。そうすると青味がだんだん失せていくのです。顔料や鉱物結晶のもっている性質をよく理解しないと わざわざ絵具をつくっても無意味になってしまうのです。
ーいまの時代、絵具屋に行けば買えるのに自分で鉱物の顔料を使って絵具をつくることでなにか発見できたことはありますか?
ぼく自身が絵具づくりの経験から得たことがあるとすれば、簡単に手に入ると思っているものが、じつはほんの一昔前まで手に入れるのがとても大変だったのだと身をもって知ったことですね。れにコチニールからとったクリムソン・レーキとか、茜の根から抽出してつくったローズ・マダー、ローズ・ドレーのような美しい透明な有機顔料など天然界のいろんなものを人聞が利用しながら絵を描くことの必然性を考えさせられました。中世やルネサンス、あるいはそれよりはるか以前の人たちの描いた絵を見たとき、ひじように手間のかかる工程を経なければその作品は描かれなかったと思うと、また絵の見え方が変わりますね。
ー一般に市販されているチューブに入っている絵具と自分でつくる絵具とはどこが遣いますか?
何より自分が欲しいタイプの絵の具に近づけることですね。ぼくらが二十代の頃には、練りの固いウインザー・ニュートンの絵具はすごくいいとか、パイン・ブラックだったらブロックスがいいとか、 ヴアーミリオンだったらルフランがいいとか、それぞれ好みがあって話をしたものでした。当時、ルシアン・ルフェーブル・ド・フォアネの絵具はラベルにチューブの中の絵具が塗ってあったんです。いまとなってはアンティックのようなものですが。それぞれの絵具会社の特性があって、それを使い分けたりするのを楽しむ時代でした。だんだん大きい作品をつくるようになってくると、 六号や十号チューブに入ってる絵具の量では、とうてい間にあわなくなってきます。そういうとき、自分で絵具をつくっていると助かります。ちょっと特殊な透きとおったような絵具でもバケツいっぱい作っておけますしね。
手練りのものと、ロール・ミルのような機械で練る度合いなどを複雑に調整しながら生産するものとでは同じ絵具でも違います。絵具会社が製品をつくる場合、チューブに入れて商品としだ店頭に出すのに、絵具がチューブのなかで固まってしまったり、変質してしまったり、固さが均一でないものは困るわけです。長い間チューブのなかに入れておいてもリーヴァーリングしてゼリー状にならない製品をつくる必要がある。そこで乾き具合や絵の具のコシを整えるのに、金属石鹸や化学薬品を入れる。食品添加物のようなものですが、どれだけ配合するかの分量がひじように微妙で、最近ではコンピュータを使って制御しているところもあるようです。それでも「うんと透明で、まるでエマイユ(七宝焼)のような艶のあるグラッセの技法に適したもの」とか「うんと硬くて盛り上げられる絵具がいい」など、欲しい絵具の明確なイメージがあるときは、やはりメーカーがつくっているものだけでは間に合わなくなってくる。何年間も仕事場に保持しておかなくてもよいのであれば、比較的簡単に自分に合った絵具をつくることはできますよ。メーカーが絵具をつくる場合は、天然の土からつくる顔料でも、毎年厳密に同じ色に精製し商品として供給しなければならないけれど、自分でつくる場合は許容範囲内で多少色が違っていても構わない。テール・ベルトやイエロ・オーカーやアンバーなどのような土色も本来少しずつ色味が違うわけです。ミカンが同じ産地でも少しずつ色が違うように。
ひとつひとつの色が変わってしまうことを、逆に効果として利用することもできるのです。
絵具をつくりはじめてから興味をもったものに樹脂があります。ダンマルやマスティック、コーパルなど様々な天然樹脂がありますが、二十三、四年前には神田あたりの昔ながらの塗料店で扱っていて、ありとあらゆる蝋や油、油脂を取り揃えた店があり手に入れることができました。一部の絵具会社で古典画法の材料を扱うところもありますが、見ていてワクワクするほど、いろんな色や香りのする天然樹脂を入手することは日本ではもうほとんど不可能になりました。ただ海外、とくに欧米ではまだ手に入る可能性があるので、インターネットで検索してみたらよいでしょう。
ー小林さんがこれまで鉱物顔料を自分で練り絵具をつくってきてよかったと思うことはなんでしょう?
天然の世界には、砕いてしまうのが恐ろしいくらいの、あまりにも美しい構造や色彩をもった物質が存在するということ。そういう標本に出合って魅了され、どこか知らない場所で、天然の美しい物質が少しずつ生成している世界があるのかなと想像するだけでうれしく、なんだかとても幸せな気持ちになるのです。ありふれたように見える石や土、あるいは錆のようなものからでも自分なりの絵具をつくってみると、だれしも自分の表現になにかしら得るところがあるんじゃないでしょうか。
自分で絵具をつくる行為は、ちょうど無心に刃物を研いでいたりする行為に似ていて、連綿と日がな一日作業していると、心が楽になって癒されていく。そんな時間も僕にとって大事なことなのです。楽器職人がつくった楽器をつかう演奏家もいれば、自分でつくった楽器とともに音楽を楽しむミュージシャンもいる。絵具会社がつくった絵具をつかうだけではない方法で表現がふくらむことがあるとしたら、それとどこかで似ていると思います。
自分で絵具をつくるということは特別なことと考えないで、ちょっとした趣味程度でやりはじめても、きっとなにかを探している人には向き合うためのヒントと出合えるかもと思ったりしますね。
写真+鉱物のキャプション:小林健二
2000年のメディア記事(小林健二へのインタビュー)からの抜粋です。