小林健二個展[XUSTUM-怪物の始まり]パンフレット
怪物の始まり
ぼくは近視のせいか散歩の途中にふとビルの側帯に 隠れるようにしている巨きなものを見ることがある
よく目をこらしてみれば それらはたいてい大きな木や小さな森 あるいはビル自身の落している影であったりするのだけど・・・
やはり一瞬何かを見たような感覚は 忘れられないでいることが多い
まだ目が良かった幼い頃にも 曇りガラスに映る雲からの陰影や コップの中の水のひかり あるいはマッチ箱の小さな暗がりに何かを見たような そんな記憶を呼び起こさせる
とりわけ疲労した日の気怠るさの中で 沸き立つお湯の音などに遠く聖堂での大合唱や知らないはずの村祭のおはやしを聞いたり 大きくゆったりした風が電線をひくくハミングのように鳴らし ちょっとぞっとして でもワクワクするような夜に まるでそれらを背景曲のようにして 子供たちの夢から夢へと移り住まう不思議な怪物たちのことを想うのだ
怪物とはいっても それらは少しも恐くはなくて むしろやさしい影や霧のようにつつましく 少し涙を流していることもある気さえする
そしてぼくは思わず「いつもありがとう」と小さくこころの中でつぶやいてしまうのだ
小林健二
(*パンフレットに書かれた小林健二の文より)
小林健二個展[XUSTUM-怪物の始まり]に開催されたトーク風景
「一応、昨日今日始めたわけじゃないんで、30年以上この仕事をしていて、こういう樹脂を使って絵を描く場合、剥がれちゃまずい・・どういうものがいいのかって考える。
この半透明な部分は、メルターやホットガンとかのタマ、トランソイソプレンっていうんだけど、熱を加えるとギューンと溶けて、その原料を使っている。」
「モレット」という絵の具を練るのに使う道具の説明をする小林健二
絵画技法などに精通する小林健二。絵の具を練るためのモレットや練り板(大理石)、顔料やメデイウム、筆、パレットなど。手前には湯煎器(自作キャンバスを作るときに使用するニカワを湯煎したりする道具)、金箔など貼るための道具も見える。
今回は支持体として自作キャンバスが多く使われている。木枠にキャンバスを貼るときに使うカナヅチ(先が磁石になっていてキャンバスを固定する釘が先端につき、そのまま打ち込める)
まさに怪物のような電動工具。形が好きだと説明する小林健二。
「Zoe-ゾゥエィ-」
自作キャンバスに油彩、紙、木、他
oil, paper on canvas, wood, others 1345X1942mm 2006
Zoe 命という死への運命(さだめ)を背負っている 傷ついた永遠
Zoe 数えきれないほど自から命を生んで また見送ってきた
Zoe その都度悲しみが生まれ この繰り返しの意味をいつも想い続けてきた
Zoe 誰かを呼ぼうとした そして何かを話してみたいと思ったりもした
Zoe 繰り返す果てしない世界に いつの間にか夢のくらしとの間(あわい)が消えてしまっている
Zoe 今どこかにいて 自分を見つけようとするこころと出合える期待が生まれている
Zoe 誰かの呼ぶ声が聞こえる そしてそれは何かを話そうとしている
Zoe それはかつてむかしに お前から生まれていた想いのひとつ
Zoe いつの間にか世界という一つの風景の中で 錆び付いたように見送られて
「Ymil-イュミル- 」
自作キャンバスに油彩、鉛、木、他
oil. lead, on canvas, wood, others 1335X1300mm 2006
とても寒いところ 氷点下に冷却した地物に 霧のような水蒸気が昇華して 現れたと言われる霜の巨人イュミル 大気と同じくらい巨大でいながら まさに息を吹きかけるだけで 溶けてしまいそうな やさしい心の怪物 イュミルの肉は大地へと 血は川と海 頭蓋は蒼穹になっていったが イュミル自身 今どこにいるのか わからない でも その奈落へと続く入口は 風の凪いだ空のように 穏やかだった イュミルは この世を見守り続けている
「Hylco-ヒルコ- 」
自作キャンバスに油彩、樹脂蝋、木、他
oil, resin wax on canvas, wood, others 1335X1300mm 2006
ヒルコよ 悲しき怪物 神と呼ばれし美(う)まし二柱(ふたはしら)より生まれしも 醜(に)し嵶(たおや)しそなたゆえ 葦(あし)の舟で流されて その世より葬られしを
ヒルコよ 今 おまえは 安らぎの場所にいて 巨大な風や青空とこころを同じにしている
ヒルコよ 思い出すらなき命よ 知らぬ世界の御使(みつかい)の透明なラッパが顕われて そよ風のように奏でかける ”Vere tu es Deus absiodius!” 汝こそ まさに隠れたる神なり ゆるやかな静けさの中で
「Emeth-エメット-」
自作キャンバスに油彩、樹脂蝋、金属、木、他
oil, resine wax, metal on canvas, wood, others 1335X1300mm 2006
真実amtという名の脆弱な怪物 哀れにも人の都合のままに 数々の呪文によって この世に姿を現わすこととなった いつでさえその頭文字aを消されると 即座に死mtと変わると言う 気紛れな人の勝手とうらはらに この部屋ではいつのまにやらtの神の印が溶けはじめ 透質の結晶の堆い化合物をつくりはじめている 残ったamは 霊のこととなり すでに誰にも殺せない本当の怪物となってゆくのだ 夜はひっそりと静まりかえり 次ぎの出来事を待っている
KENJI KOBAYASHI